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2016年12月04日10:41

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キューバ音楽との出会いの旅/カサ・デ・ラ・トローバ&ファエス家のトローバ

2001年6月23日付の「そんりさ」VOL.66に掲載したもので、これが連載第1回目の原稿です。ブログへの掲載順序が逆になったのは、特に深い意味はありませんが、ブログでの掲載のトップはマリーア・テレーサ・ベラで・・という思いが、何となく、あったからです。
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昨年公開された『キューバ・フェリス』は、チェニジア生まれの映画監督カリム・ドリディが撮ったキューバ・フランス合作のロード・ムービーである。主人公のエル・ガジョはハバナの老ストリイート・ミュージシャンで、ストロー・ハットにサングラス、ギターケースひとつを持って、ハバナからマンサニージョ、サンティアゴ・デ・クーバ、グアンタナモ、カマグエイ、トリ二ダと回り、再びハバナに戻る、さすらいの旅に出る。行く先々で彼が出会う、有名無名のミュージシャンたち。エル・ガジョと彼らとの路上や個人宅、あるいはライブハウスでの即興のセッションを軸に、映画はキューバという島(国)における、そこで暮らす人々と音楽との切っても切れない幸福(フェリス)な関係を、一見ドキュメンタリー・タッチで描いていく。一見というのは、それがどんなに自然に見えても、エル・ガジョとミュージシャンたちとの出会いは、明らかに映画のスタッフによってセッティングされたものであるからである。ある意味で、あざとい映画である。しかしながらこの映画を観ると、キューバ各地に革命政府の肝いりでつくられた「カサ・デ・ラ・トローバ(トローバの家)」という場所が、一体、どういうところなのか、実によくわかる。ライブハウスとはいっても、そこは客が金を払ってミュージシャンの演奏や歌を聴く一方的な場所ではなく、飛び入り参加も自由な双方向的な音楽による交流の場、いってみれば、路上や個人宅のあくまでも延長なのである。
そんな各地のカサ・デ・ラ・トローバで歌い継がれてきたトローバ(トロバドールの歌う歌)の名唱一四曲を集めたのが、『カサ・デ・ラ・トローバ』(WPCR19005)である。
そのアルバムの第一曲目に収録されていたのが、忘れもしないファエス姉妹の「復讐の花」だ。共に七〇代のフローリセルダ・ファエスとカンディーダ・ファエスは、カマグエイのカサ・デ・ラ・トローバの創立者であり、姉妹は特にセレナータという叙情的な恋の歌の名手であるという。しかしながらファエス姉妹の歌うセレナータは、私が考えるような甘く切ない恋の歌などでは、断じてなかった。恋人たちの間で咲く筈だった愛の花が裏切りと悲しみの花に変わり、やがて復讐の花へと変わっていく様を、ファエス姉妹はその息の合った力強い歌唱で、一気に歌いきる。「あなたが死んだら、あなたにその素敵な胸に復讐の花を飾ろう」「あなたは私の幸せを殺した。だからいつかそのつけを払うのよ」等々、それはマッチョ志向の強いラテンの国の男たちと対等に張り合うだけの強さを秘めた、キューバ女性の、その情愛の深さを見せつけて、実に小気味のよい歌唱だった。
このアルバムには他にもフェリン姉妹やサイダ・レイテなど、実に魅力的なトロバドーラたちが登場する。しかしながら、ファエス姉妹の圧倒的な存在感は、その中でも一際、際立っていた。
『ファエス家のトローバ』(WPCR19048)は、前者のプロデューサーであるシリウス・マルティネスとエマニュエル・オノリンのプロデュースによるアルバムで、ファエス姉妹の数あるレパートリィの中から一三曲を選んで、収録したものである。
『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』の大ヒットもあって、多分にノスタルジックな選曲となっているが、年齢を重ねながらも決して枯れたりしていない、フアエス姉妹の力強く鋭く誇り高い歌唱によって、歌たちが実にイキイキと輝いている。何度くり返し聴いてもあきることのない、素晴らしいアルバムであると思う。また、このアルバムを聴いていると、トローバとはトロバドールの歌う歌の総称であって、決してひとつのジャンルではないことがよくわかる。それほど変化に富んだ、名唱である。


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