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2016年11月08日15:24

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シクロの季節

今回久し振りに引っ張り出したシクロバイク…
拙宅を出る寸前に重要な事を思い出しました。
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前回乗ったのは2月の千葉シクロ、途中でパンクした為、あとは担いでゴールまで歩きました。
そして、このバイクはロードのようなサイドプルブレーキ
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ではなく、シクロらしくカンティブレーキ。
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そして700×35Cという太めのタイヤを履いている為、そのままではブレーキシューの隙間を通せず、ホイールの脱着の際はタイヤの空気を抜いています。

当然、タイヤの空気は前後とも抜いてありました。

パンクしたのどっちだっけ?
いやいや、それもそうですが、その後チューブ換えたっけ?

記憶が無い(><*)ノ~~~~~

でももう出ないと…

仕方無い…
宿でチューブ交換作業する事にして、拙宅から輪行バッグに入れたまま持って行く事にしました(∋_∈)

前述のようにホイールの脱着にいちいち空気を抜かなくてはならない為、輪行バッグは前後輪とも外すタイプではなく、後輪は着けたまま収納するバイクキンチャクを久し振りに引っ張り出しました。
その分少々デカくなりますが、やはり収納は随分楽です。

ところが、担いでいるうちにショルダーストラップ取付金具が壊れてしまったよう。
バッグの両側に2本付いているストラップのうち、1本の片側がバッグから外れた状態になっています。

まずい…
何か代用出来るモノは無いか?

見回すと、定期入れを首から吊っているストラップにつける金属環が目に入りました。
少々小さいながらもこれは使えそうo(^o^)o

しかしこの作業中に爪を引っ掛けてしまい、爪の一部が割れてしまうという…(><*)ノ~~~~~

まぁそんな事も有りましたが、金属環はなんとか壊れた金具の代わりとして、ショルダーストラップを繋いてくれましたε=( ̄。 ̄

水戸へ向かう車内で、ふと思い付いて、千葉シクロの事を書いた日記を見ると、パンクしたのは前輪だったよう。

やがて水戸に到着、先ずは宿に輪行バッグを預けて、宮崎さんのライブが行われる誉りみちさんへ向かいました。

ライブ後に宿へチェックイン、ここで前輪のチューブを交換。
しかし宿を出る際は輪行バッグに入れている必要が有る為、まだ前輪をバイクに着ける訳にはいきません。
従って空気もまだ入れられません。

その晩は近くの串カツ屋さんでお酒と夕食を戴きましたヾ(@゜▽゜@)ノ

そして日曜日、宿をチェックアウトして早速バイクを組み立て、先ずは偕楽園へ向かいます。
偕楽園と言えば梅が有名ですが、もちろんまだ梅は花を付けていません。
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その為か、園内の人出はパラパラというところです。
幸い、この日も気持ち良い青空が広がっていました。
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好文邸
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千波湖
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こんな時期に、何故か花を付けている木も…( ・◇・)?
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園内を一回り歩いて、次は水戸城址へ。
ここは土塁などが残っているのみで、建物などは残っていませんが、その場所には現在学校や資料館などが建っています。

この資料館へ向かっていると、すぐ隣の学校から出てきた少年達がすれ違う観光客にひとりひとり「こんにちは」と挨拶していました!
おぉっ!
さすが教育に力を入れていた水戸藩の末裔達です!
水戸素晴らしいヾ(@゜▽゜@)ノ

続いて向かったのは隣接する弘道館。
幕末につくられた藩の教育施設です。
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庭園も見事でした。
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それにしても…
烈公こと徳川斉昭って、攘夷という強迫観念にとりつかれた威勢が良いだけの人…という印象でしたが、財政面(こちらは成功したと言い難い)や教育の改革に尽力していたのですね。
そうだったのか…
不明を恥じるのみです(∋_∈)

結果的には、水戸藩から天狗党や桜田門など、天下を震撼させる事件が頻発し、激しい内乱の結果有為の人材を多数失い、戊辰戦争後まで続いた内乱で城の殆どを焼失するという、水戸自身にとっては災厄に繋がりましたが、維新への流れをつけたうちの1人であるのは間違い無いでしょう。

つまらない事ですが、弘道館のトイレのペーパーホルダにはこんなのが書いてありました。
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意味は分かりますが、この言葉はちょっと変…
教育施設なのに(∋_∈)

そうこうするうちに正午をまわりました。
水戸観光はこれくらいにして帰路につきました。

R51に出て、大洗方面へ向かいます。
目指すは鹿島神宮駅か佐原駅!

日差しは暖かいながらも、この日はちょっと風が有るようです。

間も無く海が見えると右へ大きくカーブ、ここからは鹿島灘沿いに南へ向かいます。
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昼食は大洗辺りで食べようかと思っていましたが、R51は市街に入らずかすめて通り過ぎてしまいました。
しかも、暫く走っても食べれるようなお店が有りません。

やがて海から離れ、更に進むとコンビニが有りました。
この先もお店無いかもしれないしな…
…という事で、バイク乗りらしくここで昼食としました。
暫しマッタリ…

実はこの先には食事出来るお店がチョコチョコ現れてきたのですが、廃業しているお店もけっこう目につきました(><*)ノ~~~~~

たぶん1440くらいでしょうか、突如前輪がフラフラしました。

あっ!
またパンク!
新しいチューブなのに!

別にリム打ちするような段差も有りませんでしたが…
釘か何か踏んだのか?

見たところ、何も無さそうですが…
昨晩換えたばかりのチューブをまた交換して、再び南へ向かいます。

1500をまわると日差しが隠れ気味となり、風が冷たくなってきました。
間も無く前方に巨大な建造物が見えてきました。
鹿島サッカースタジアムです。

サッカーファンではないですが、20年くらい前、北浦へバス釣りしに来た際にここを通った事が有ります。
その時はさほど大きく感じませんでしたが…こうして見るとやはりデカい!

余談ですが、ここの最寄駅の「鹿島サッカースタジアム」駅は、スタジアムでサッカー試合が行われる時だけ列車が停車する駅です。
そして、ここと一つ南隣の鹿島神宮駅の間は、通常大洗鹿島線の列車だけが走っていますが、実はこの区間はJR鹿島線の一部です。

かつてこの駅は旅客を扱わない国鉄の貨物駅「北鹿島」駅だった為、国鉄の旅客列車は鹿島神宮駅以南のみの運行で、大洗鹿島線が開通後も以北は大洗鹿島線のみという運行形態が、JR発足やスタジアム開業などを経た今でも続いている訳です。
余談終わり

やがて左手に鹿島神宮駅が見えてきました。
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まだ1530前ですから佐原まで行こうか迷いましたが、肌寒くなって来た事と、先ほどのパンクで気持ちが折れ気味だった為、ここをゴールとすることに。

しかしバイクをバイクキンチャクに収納して時刻表を見ると、次の電車までまだ1時間以上(><*)ノ~~~~~

佐原まで行っても良かった気もしますが…
いったんバイクを収納してしまうと(また前輪の空気を抜いているし)、再び出すのは少々面倒。
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この日記の序盤を書きながら、電車を待ちました。

それはそうと、この駅はなんとスイカ使えないexclamation & question

さて
久し振りの茨城県はとても楽しめました。
何故か県別魅力度で最下位となるらしいですが…

そういうネームバリューというかブランド志向の考えは全く興味有りませんが、昔土浦のお店にいた事も有り、私は茨城県に対して強い親近感を持っています。

もっと寒くなったら、氷瀑と化した袋田の滝でも見に行こうかな(  ̄▽ ̄)
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