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2016年11月07日23:01

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平安五神伝外伝 閉ざされし屋敷の主 5

「わぁ・・・」

光元は目の前の光景に呆気にとられていた。隣で宙を漂う沢女も同様らしく、大きく目を見開いて硬直している。
屋敷に入ってすぐ目の前に飛び込んできたのは屋内を隠すように立てられた一面水色の几帳の壁。手始めに、とその脇をすり抜けて入った先は今まで見てきたどんな屋敷よりも広い床の間だった。
この空間だけで屋敷全部が入り込んでしまうのでは・・・と思えるほどの広さである。室内は日差しが入り込んでいるかのように明るく、部屋全体を肉眼で見渡せる。しかし調度品と呼べるものは何一つなく、床と几帳の壁だけという実に殺風景な空間であった。

「こ、此処はどのような空間なのでしょうか・・・?」

沢女の問う声で光元は我に返る。

「分からない・・・でも道長様の本来のお屋敷でないことは確かだね。床はほぼ未完成って言ってたし、この面積は不自然すぎるよ」

光元は一つ咳払いして口元に両手で作った輪を当てる。

「お邪魔しております!誰かいませんかぁ?!お話をさせて頂きたく参りました!」

決して盗人や不本意の侵入でないことをあらかじめ声に出して伝えておく。敵意がないことは示したのだから、あとは相手の出方次第だ。

「さて、進んでみよっか。こっちに誰かが来るような気配もないし・・・」

そう言うと光元は入ってきた場所から真っすぐ進んだ先の几帳へ向かう。部屋が立て続けに存在するかもしれない、と思っての事だ。
次の几帳を抜けていくと八畳一間の空間であった。見慣れた部屋の広さに小さな安心感を覚えてしまう。
そこは部屋の大きさ、調度品からして誰か個人の私室なのだろう。机に円座、横には燭台。身支度を整える調度品の並んだ棚が壁面に据えられ、寝具は部屋の片隅に片づけられ几帳で隠されている。
あるべき場所にあるべき物が置かれ、一つの乱れもない。整理されている、と言えばそれまでなのだが・・・、

「なんだか人間味っていうか、生活感がないね」

光元は一面を見渡した感想を述べる。箸の置き方一つにも個人の性格というものは現れるものだが、この部屋にはそれがない。机に並んだ筆の列にさえ僅かなズレもない。塗籠をのぞき込んでしまわれた衣服を覗いてみたが、並びの向きはおろか、シワ一つ、折り方の違いひとつも見つからなかった。

「身の回りの品全部を買い替えてそのまま放置しています、って感じ?」
「はぅ〜まるで手習いの本でも写し取ったようでございますねぇ〜」
「本?」
「はいぃ〜、私めの浅はかな意見で申し訳ありませんが、その・・・聡明な陰陽師の一人でいらっしゃる光元様のご思案の邪魔になっては申し訳ありませんし・・・」

言いあぐねる沢女。その様子を見た光元が小首を傾げる。

「そう遠慮せずにどんどん意見してみてね?それとも、主人の保栄殿って唯我独尊っていうか、そういう考えの人?」
「い、いいえ!保栄様はそのようなお方ではありません!確かに厳しいお方ではございますけど、きちんと私めの意思も尊重して下さるお方で―――」

主人へあらぬ疑惑を持たれかけ必死に弁明する沢女に光元は薄く笑いかけ、

「でしょ〜?だから弟弟子の僕も同じ考えだよ」
「・・・はうぅ〜、ありがとうございます〜」

言わされた、と気付いた沢女は恐縮したように頭を下げる。

「では恐縮ながら・・・たとえば料理の本でございますなら、材料はこれ、切り方はこれ、焼き加減はこれ、と書いてございます。この部屋も、そのような本に習ったかのような内装とお見受けしまして・・・」
「あ〜なるほどねぇ。僕は思いつかなかったけど、言われてみるとなんだか驚くくらい当てはまる例えだねそれ。女の子の観点らしい貴重な意見ありがとう、沢女ちゃん!」
「はぅ〜、お礼など勿体ないですよぅ〜〜」

感涙しつつ上下に跳ねて喜びを示す沢女。そんな彼女の激しい感情表現を楽しみつつ光元は次の部屋への御簾を潜る。
踏み出した瞬間、足元で水が跳ねた。

「うわっ!つめたっ!」

思わず声を上げて後退する。声を聞きつけて沢女がすぐに飛んできた。

「大丈夫でございますか光元様?!」
「あ・・・うん、驚かせてごめんね。急に水場になったから、つい・・・」

そこは縁側に続く部屋だった。縁側の向こうは霧のせいで遠くまではよく見えないが、見渡せる地表は洪水にでもあったかのように水で満たされており、縁側の高さを超えて床の表面までうっすらと水に浸っていた。木の床板の間から青々とした水草が生えており、僅かな水の流れのままに揺れている。水は一瞥では判別しがたいほど澄んでおり、たまに起きる空気の流れで水面に波紋を作っていた。

「毒などの類(たぐい)は流れていないようですよ〜。それどころかぁ〜、まるで霊山の水のように清らかな水質でございます〜〜〜」

沢女が床の水に触れて確かめる。水気の妖異である彼女が言うのだから間違いあるまい。

「これまた真の意味で生活感がないというか・・・暮らせるの?これ」

先の部屋と似通った調度品が、水に流されたのか部屋の隅のあちこちに押しやられている。水害の前後を表現したかった、とでもいうのだろうか?光元は首を傾げる。
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