mixiユーザー(id:12844177)

2016年11月07日20:41

547 view

10-31 西丹沢 晩秋の大室山で不思議な夢を見る

2016年10月31日(月)

西丹沢

大室山の稜線は落葉散り敷く冬支度。
荒廃して滅びゆくブナ林の凄愴。
そして下山中に見た不思議な夢。


西丹沢自然教室(540)→
トリキ沢右岸尾根VR→稜線1543ピーク→
大室山(1587)
→犬越路(1060)→用木沢出合

(山行アルバムはこの日記の末尾に貼ってあります)


0、平日の西丹沢へ

土曜日が勤務校の文化祭で月曜日が代休となるので、平日月曜の山歩きを期待してこの1週間ひたすら天気予報ばかり見ていた。

幸い、まずまずの好天に恵まれそうだ。
前夜は横浜に向かい、マンション工事に伴って実家に避難中の愛猫たちと過ごしたが寒くて熟睡できないまま朝を迎えた。
ここ数日めっきり寒くなったので、紅葉も一気に進んでいるかもしれない。

始発電車は混んでおり、出勤中の人達を見ると自分が休みで山に行くというのがちょっと後ろめたい。
平日の山行は滅多にできないし、特に月曜日はこれまで必ず塾の仕事があったので今回が初めてだ。

西丹沢行きの始発バスが玄倉に着くと、丹沢湖畔にある三保小学校の子どもたちが元気よく乗ってきた。

男の子が4人と女の子が1人で、低学年らしい男の子はなぜか「とんこつラーメン♪」と嬉しそうに叫びながら真っ先に乗り込み、後に続いた子達の中で一際 背が高く都会的で垢抜けた雰囲気の女の子は6年生なのだろうか、どうやら男の子たちを仕切っている様子だ。

子どもたちのうち3人は、長さ1m以上はある太い竹筒を持っている。授業で使うのだろうか、都市部ではまず見かけないとても立派な竹だ。
会話を聞いていると 鱒釣り用の釣り針の話も出てきて、さすがは山間部の小学生、自然や生き物との関わりが深いようだ。

丹沢湖バス停から寝ぼけ眼で乗ってきた低学年の男の子には「そこに座って」と 先程の女の子が指定していた。

三保小学校については、丹沢湖が造られる前の話やさらに山深い山間部の分教場の歴史なども 山の本に出てくるので興味深い。


西丹沢自然教室で降りたのは いずれも年配の単独男性 数人。駐車場には何台か車が止まっているが、やはり登山者は休日よりも遥かに少ない。
8時半、まだ自然教室の職員は出勤していないのだろうか、不在だった。
登山届を投函し、出発準備をする。

空には雲が多少あるが青空も見えている。
先週 畦ヶ丸を一緒に歩いた「相棒」は隠しておいた場所にあって一安心。
教室脇の山神様にお参りして、9時ちょうどに出発。



1、トリキ沢右岸尾根 VR

いつもなら登る山は丹沢に向かう道中で気の向くままに決めるが、今回は初めからVRで大室山と決めていた。

休日と違ってキャンプ場は閑散として人影は無い。
飼われているヤギたちに挨拶して歩いて行くと用木沢出合に着く。
車が2台止まっていたが、出発してからここまで誰にも会っていない。

結局 、 距離が短い代わりに延々と登りが続く「トリキ沢右岸尾根」を2014年春以来 久しぶりに歩く事にした。
出合に水流の無いトリキ沢を跨いで尾根の突端に乗ってしまえば、あとは木々の間を縫って歩くだけ、時々現れるツガの大木を見上げると枝の間から青空が見える。

一歩一歩 山の感触を確かめるように進むと、前方をシカらしい足音が遠ざかっていくのが聴こえた。

雲が多く陽射しは翳りがちだが、色づき始めた葉の間から青空が透いて気分が救われる。
このまま ずっとどこかに青空が覗いていてくれると心強い。

尾根の広いところは歩きやすいがやがて足元に石英閃緑岩が風化した西丹沢特有の白ザレが増え始めると少し滑る。

苔蒸す大石が印象的な場所を抜けると、いよいよ本格的な登りが始まった。

標高を上げるにつれて徐々に葉が色づきを増す樹間から、西から南西に長く続く甲相国境尾根の稜線と畦ヶ丸を、南東には石棚山稜の山並みを望む。

そしてこの尾根唯一の小規模な岩場を楽しみながらこなしていく頃には陽射しが燦々と降り注ぎ、ブナの黄葉が輝きを放つ。やはり葉が纏う彩飾は陽光の演出によってこそ最も華やかに映える。

いつしか尾根の形状は消え、傾斜が増した広い斜面を登って行くと右からの尾根と合流した。
標高1200m付近、手沢右岸尾根VR・水元ノ沢右岸尾根VRとの合流点だ。

この後は北に向けてひたすら登りが続く。東には小笄・大笄の辺りが、西には国境尾根の上から丹沢 道志山塊の最高峰 御正体山(1682)の頭が覗いている。

やがて足元が草付きの斜面となり、縦横に交錯する獣道と枯れアザミの間を縫っていくと漸く前方に稜線が近付いてくる。

この頃には空は雲に覆われ、風が冷たくなってきた。天気予報では徐々に雲が増えてくる予報だったので、もう青空は望めないかもしれない。

稜線を目指し、立ち枯れして久しいと思われる黒化した幹の横を通った時、ふと温気を感じて立ち止まる。
気のせいかもしれないと思いながら木から一歩戻ると冷たい風、一歩進むとやはり確かに枯木が温かい空気を出している。

立ち枯れした木は僅かに残った養分を地中に還元して山に生きる命として最後の役割を果たすというが、この木は疾うにその役目も終えたように見える。

立ったまま分解や発酵が進んで発熱反応が起きているのだろうか、死してなお生きているかのようなその息遣いに、山の命の尽きること無き循環を見る。



2、荒廃するブナ林の悽愴

12時50分、稜線登山道に合流。

藪めいた稜線の一条の道を辿るうちに、先程から徐々に強まっていた西風が勢いを増しているのに気付いた。

轟々と吹き渡る風の中、倒れ朽ちたブナの大木の幹や破片が累々と横たわっている。
大気汚染、酸性雨、ブナハバチの幼虫による食害など、丹沢のブナの危機が叫ばれて久しい。

かつて豊穣なブナ林を形成していた鍋割山稜や檜洞丸のブナの衰退はよく知られているが、この大室山西側1543mピーク周辺の稜線の惨状は大木が次々と倒れていった痕跡が明瞭で、ブナの墓場のようなその無惨な光景に暗然となる。

西風に煽られて雲が疾風のように流れ、一瞬 空の一角が割れると、立ち枯れしたブナがかつて陽光を求めて天高く伸ばし続けた枝の残骨の背後に哀しいほどの青空が広がった。

それでも時折、 気丈にもまだ立ち続けている大木もあるが、その幹は地衣類に覆われて樹勢は弱い。

後続の若木が勢い良く成長している姿も無く、ここのブナ林には滅びが迫る悽愴の気が漂っていた。

記憶では、これより西の前大室から加入道山にかけての稜線ではまだブナの大木が元気に立っていたようにも思うので、この日記を書きながら思い返すと、自分が目にしたこの日の惨状は晩秋の寂寥が描き出した幻影だったかもしれないとも感じる。
また新緑の季節に、加入道山から大室山まで歩いてはっきりと確かめたい。


上空に響くカラスの鳴き声でふと我に返る。見上げると10羽以上のカラスの群れが旋回している。標高1500mを超える山中にも群れがいるのかと驚いたが、動きを目で追っているうちにある事に気付いた。

当初は動物の亡骸を見つけて騒いでいるのかと思ったが、動きを観察しているとどうやら上空で羽ばたくのを一時的に止めて強風に流されるのを楽しむ、という遊びをしているらしい。
それぞれのカラスが散開し、上空に上がって上手く風に乗ると風に身体を預けてスーッと流され、暫くするとまた他のカラスと場所を交替して同じ事を繰り返している。

鳥類の中では抜群に知能が高いカラスが街中でも道具を使って「遊ぶ」事はよく知られている。

彼らは西風が強まったのを知って、海に波乗りに行くような感覚で稜線に風乗りに来たのだろうか。

採餌でも索敵でもなく、ただ無邪気に遊んでいるとしか思えない光景が微笑ましく、人に見られているのを知ってか知らずか真上に近付いてきた一羽に「いいなー、おい!」と声を掛けたが、届いただろうか。



3、大室山 西の肩 と山頂

13時20分、大室山 西の肩 と呼ばれる平坦地に到着。

登山道に出てからも誰にも会っていない。
ここまで稜線は既に落葉が進んでいたが、大室山 山頂方面も僅かに残った葉が鈍く乾いた色彩を留めているのみだった。一方、道志村側の斜面を覗きこむと紅葉がまだ見られる。

ベンチにザックを下ろし、バーナーで湯を沸かす。カップラーメンやおにぎりを食べて休憩を取った。

ここから山頂までは距離300m、北西に道志村と道志山塊を見下ろしながら14時05分、山頂に至る。

ブナ美林帯とされる山頂北面に少し下りてみたが、すべて落葉して冬支度に入っていた。
恰幅の良い人が足を投げ出して座っているように見える岩の造形は、やはり見れば見るほど大室山の神様の一人に違いないと思えてくる。

山頂北面の探索は以前からの課題だが、時間の関係でいつも先送りになってしまう。
近々 必ずや実現させたいものだ。



4、不思議な夢

下山を開始する。この日は、よく使う大杉丸南尾根VRは使わず、素直に犬越路 経由の登山道をずっと下るつもりだ。

遠くから、シカの求愛の鳴き声が聴こえた。
一面の笹原の海を葉擦れの音を楽しみながら下っていくと、思いがけず視界が開けて眼下に西丹沢の山々の展望が広がり、遠く富士山のシルエットが浮かび上がった。
今日は大展望も雲の中だろう、と諦めていたので予想外の僥倖だ。

逆光で眩しいが、西風が収まって天候が回復してきたのがわかる。
午後の陽射しは柔らかく暖かく、身体を包んでくれる。
何度も立ち止まって展望を楽しみ、下っていくうちに疲れと気の弛みからか睡魔が忍び寄ってきた。

時々 目を楽しませてくれる紅葉にハッとするが、やがて現れたこの尾根唯一のベンチにザックを投げ出すとゴロンと寝転がってしまった。

ザックを枕に目を閉じているうちに浅い眠りに入り、意味を成さない断片的な夢が幾つも高速で流れ去った。
ふと目が覚めて片目を半分開けると、黄金色の陽射しの欠片が斜めに睫毛を揺らし、その心地よい感覚に再び眼を閉じる。

だが次に目が覚めた時には、血の気が引いて鳥肌が立つような感覚で跳ね起きていた。眠気は消し飛んでいる。

夢に現れたのは登山姿の歳上の男性で、厳しい表情を浮かべたその男性は固い横顔をこちらに向けたまま「ここからだぞ、気を抜くな」というような意味の事を口にしたのだった。

見回しても周囲には誰も居ない。黄金色の陽射しはいつしか薄い雲に翳り、晩秋の午後の冷たい風が頬を撫でる。しかし総毛立つような感覚は 風の冷たさによるものではない。

警告夢。朝寝坊しそうな時に自分もよく見る夢だが、この時の夢は明らかに異質だった。
起きなければ、と焦りを覚えるような状況を脳が作出して見せてくるあの忙しない夢では無く、静寂の中で直接 誰かに語りかけられたような夢だった。

厳しい表情を浮かべたその横顔はやや顎が張り、自分よりも10歳ほど歳上のように見えたが、思い出そうとすると焦点がぼやけてしまう。

ザックを背負い、はっきりと意識が覚醒した状態で下山を再開する。
顔から血の気が引いた感覚は暫く続いた。



5、日没と同時に下山完了

1221mピークを越えると、後はひたすら下りとなる。
大杉丸の山頂付近では前方 目測10mを左から右へ、シカが跳ぶように駆け抜けた。

15時45分、下りついた犬越路にも避難小屋にも誰もいない。
大室山からの下山では犬越路を経由しないで大杉丸南尾根VRを使う事が多かったので、久しぶりだ。

東には檜洞丸へと続く稜線を、南東にかけては檜洞丸から列なる石棚山稜を望む。

再びすぐに下りにかかる。ここからは谷筋となるので注意が必要だ。谷は浅いが足元はあまり良くない。
一度 滑って左足の甲が裏返ったが痛みも無く順調に下る。

暑くなってきたので一枚脱いで一息つき、ふと斜面を見上げると樹間にこの日 最後の陽射しがこぼれ落ちていた。

沢に水流が出てくると斜面に付けられた道は明瞭となり、やがて9月の台風により力尽きて倒れた 用木沢の主である大ブナに至る。支幹が沢床に落ちているのが見え、枝の葉はまだ瑞々しい緑色を留めている。

用木沢は下流に行くほど深い渓谷の様相となる。崖沿いで見通しが悪く 水音で足音も消されてしまうので、クマ対策のベルを盛んに鳴らしながら下る。

16時45分、日没とほぼ同時に下山を完了すると、朝 用木沢出合にあった2台の車は無くなっていた。

走れば17時05分のバスに間に合いそうなので、そのまま走り出す。
西丹沢自然教室が見えてくると、ちょうどバスが上がってきたところだった。

山神様に慌ただしく手を合わせ、この日も世話になった相棒を斜面に置いて、バスに乗り込む。

運転手さんが顔を覗かせ、「定刻より余裕を持って3分ほど過ぎてから発車しますよ。」と言った。
このバスを逃すと18時58分の最終バスまで約2時間も待たねばならない。

結局、発車まで誰も乗って来なかった。

丹沢湖畔の玄倉からはユーシンブルーを見に玄倉渓谷を訪ねたらしい2組のカップルが乗ってきた。最近 街中の散歩と同じような軽装で玄倉林道を歩く人が増え、登山姿の人がむしろ浮いてしまう現象が起きているというが、このブームは一体いつまで続くのだろうか。

自分は山帰りの下山コースとして歩く事が多いので、街から来たカップルのデートコースにされてしまっては何とも落ち着かない。



6、夢について

後で振り返ると、あの時 夢に現れたのが誰だったにせよ、ありがたい夢だった。

うたた寝してしまったのは標高1200m付近の尾根上のベンチで、下山まではまだまだ歩かなければならず、犬越路から先はやや荒れた箇所もある谷筋と沢沿いの道なので暗くなってしまっては危ない。

しかし登山道下りで気が抜けていた自分を夢という形で叱咤してくれたおかげで目が冴え、緊張感と注意力を失わずに暗くなる前に下山する事ができた。

帰宅後に「不思議な夢を見た」とmixiで呟いたところ、「山の神様が注意してくれたんですよ」というありがたいコメントを幾つかいただいた他に「もしかして10年後の御自身かもしれませんね」というコメントを下さった方がいて、ハッとした。

自分は冬以外は山中では頭にタオルを巻いている。夢の人物も確かタオルを巻いていたような… 。
そして顔の輪郭も含め、あれは10年後の自分だと言われれば何か思い当たるようなところもある。

目を覚まして血の気が引いたのは、無意識のうちにそれが自分だったかもしれないと頭の片隅で感覚として受け取っていたからだろうか。
ただ、普段から睡眠中には夢を数多く見るが、自分自身が現れた事は一度もない。

夢に現れた男性がいったい何者だったのか今でもわからないが 、ともかくお陰様で無事に下山できた事に感謝するのみだ。

(山行アルバム 画像57枚)
http://photo.mixi.jp/view_album.pl?album_id=500000101145741&owner_id=12844177

mixi
「丹沢を歩く会」コミュニティ
副管理人 S∞MЯK
モリカワ

(現 事務局長)





7 8

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する