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2016年11月02日01:48

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山元町とパウエル通りとこれから 1

みなさん、お元気ですか?

ま、少々元気じゃなくても生きてりゃいい!

自分が把握している世界なんて
常に宇宙のほんの一部なんだし
己の輝きなんて
誰かや何かに見て感じてもらわないと
ホントはわかんない

オイラはそんな気持ちで
日々を過ごしております

というワケで
ここ最近のありがたき旅の足跡を
振り返ってみたいとおもいます

けっこー長くなるかも知れませんので
あたたたいココアでものんびりと飲みながら
(つおい子のミロでもいいよ!)
お読みいただけましたら幸いです〜







9/26(月)〜30(金)
宮城県亘理郡山元町

山元町ふれあいLIVE 2016
「ニコニコニコ☆」


東日本大震災が縁で、2012年2月より度々おじゃまさせていただいている山元町
仮設住宅などで暮らされている方々の、すこしでも気分転換なればと始めた集会所などでのライヴツアーも今回が四回目
これまで一緒に廻っていた妻の講談師・神田京子が臨月ということもあり、今回はオイラの企画主旨に快く賛同してくれた詩人の大島健夫さん、津軽三味線奏者の星野通映さんと共に、野郎三人でのにぎやかなツアーとなりました
フライヤーのキャッチコピーは”詩人・桑原滝弥が楽しくて男前な仲間を連れて帰ってきた!!!” 笑

【公演記録】
◇9/27(火)
10:30〜 つばめの杜西区・ときわ集会所
14:30〜 町民グラウンド仮設住宅集会所
◇9/28(水)
10:30〜 つばめの杜東区・集会所
14:30〜 山下生活センター
◇9/29(木)
10:30〜 ひまわり倶楽部
14:00〜 地球村

今回のツアーで、これまでともっとも変化していた点は、多くの方々が仮設住宅から、復興住宅へと移転されていたことです
手狭な部屋の中で、薄い壁に囲まれて、周りの人々への気遣いやストレスも少なくなかった仮設住宅から、プライバシーやパーソナルスペースが保証され広くなったことは、やはりよいことだとおもいました
逆に、数が少なくなった仮設住宅へも伺いましたが、こちらはかつて何百世帯もの方が暮らされていた場所が、今は閑散とした状態になっていて、時の流れの持つ無常さをひしひしと感じました

そんな中で行った今回のライヴ!
被災地域のライヴハウスやコンサートホールでの公演は経験されている大島さんと星野さんですが、PA機器もなく、照明もただの蛍光灯だけの、地域コミュニティの集会所での高齢者の方中心の公演はお二人とも初めてとのこと
ま、どこでライヴをやったって、舞台に立つ者はただの捧げものですから、作品/パフォーマンスを通じてお客さんの呼吸に入っていって、集まったひとつひとつの生命と躍動し合って空間を満たし、まだ誰も知らない明日へと繋げていく…結局はそれに尽きると思うのですが、そのためには”自己表現”という自分の間合いを捨てて、目の前のお客さんの求めるものを瞬時に察知して、期待値を上げて、うねりを起こし、そこから裏切り、別世界へと誘う覚悟が必要になってきます
東京のスポークンワーズ界隈で出会ったユーモリストのヒエくんが、かつて被災地での公演で、己の得意とする話芸を導入部で捨てて、まずはどじょうすくい”を踊り始めたことがあるそうです(笑)。これなんかも、お客さんのニーズを即座に理解し提供する者の典型例ですが、同じやる側としては、それはとても勇気のいる行為だったとおもいます
これまでに、”私(僕)も被災地での公演に参加したい”と申し出てくれた表現者は何人もいましたが、上記の理由を鑑みて、中々お連れすることができませんでした

果たして、大島さん、星野さんの両名はどうだったのか?
責任感の強いお二人は現地入りする前から、相当ナーバスになられていたようですが、実はオイラはまったく心配していませんでした
”今日の成功は明日の失敗かもしれない、逆もまた然り”、普段から、そういったある種の危機意識を常に持って、人や何かを喜ばせようとしている姿を見ていたからです
お二人はステージを重ねる毎に、どんどん自分のやり方を捨てて、新たな領域へと踏み出していきました。被災地以外で何度も見聞きしてきた演目も、まるでちがった趣きの作品となって表現されておりました
よくライヴはお客さんとつくっていくものだと言いますが、まさにその瞬間をかいま見続けたツアーとなりました。その日その時その場所でしか起こせない何か(時代性)を、生涯忘れない瞬間にして、お客さんの肉体を通して、人間界以外の世界へと還していく(普遍性)
そんな、舞台芸術=人と人が出会う、ということの醍醐味を味わいまくった日々でした
いっしょにライヴをつくってくれた、お一人お一人の笑顔、涙、何とも言えないグッと堪えた表情を、オイラも大島さんも星野さんもけっして忘れることはないでしょう

ライヴ以外でも、いろいろな場所へ行き、いろいろな人と出会いました
震災前とは異なるやり方に取り組まれている農家の人、新たな授産施設を立ち上げられ作品創りに励まれている人、ちょっと買い物に寄っただけなのに世間話に花が咲いてしまうスーパーのおばちゃん、さまざまな場所でさまざまな仕事に取り組まれている人、人、人…こちらが挨拶をすると、みなさん、ちゃんと目を見て挨拶してくださったことが印象に残っています
そして、震災を機に、都会や海外から山元町に戻り、地元から世界に向けて生きていこうとする若い力☆頼もしくて、すごくまぶしかった!
中央のメディアのニュースを見聞きしていると、心が暗くなる話題が非常に多いですが、山元町で過ごした五日間で、日本には明るい芽も着実に育っていることを実感しました

ちなみに、そんな山元町。ノリのいい人が多くて、いちごも、りんごも、はらこめしも美味しくて、あそびに行くにもオススメなところです〜
オイラは今回、いちごカレーなるものをいただきましたが、ちょっと冒険し過ぎでないかい?と不安だったのですが、食べてみると、これがうまい!
他にも美味しいお店や、素敵な場所がいっぱいあるので、興味があったら、ぜひあそびに行ってみてくださいね♪

ライヴ最終日のりんごラジオの生中継でお話ししたので、聴いていて下さった方もいらっしゃるかと思いますが、今回もこのようなツアーが出来たのは、普段のオイラのイベント会場に置かせてもらっている活動支援金箱に”たっきー、私(僕)の分も頼んだね!”と志をくださった、被災地以外の方々ののおかげです
その中から活動資金として、今回は交通費61,500円を使用させていただきました
謹んで御礼を申し上げます。ありがとうございました

また、今回のツアーで出会ったお一人お一人のすべてのあなたと、ハードなツアーに付き合ってくださった大島さん、星野さんにも、心より御礼申し上げます。ありがとうございました

そしてこのツアー全体を取り仕切り、地味で根気のいる準備作業や、我々出演者が山元町のさまざま人々と繋がれるように取りはからってくださり、宿泊や食事などの面倒までみてくださった、”手をつなごう311”の最強のステージママ・橋本鮎子さんと橋本家の皆様に、格別の御礼を申し上げます
ほんとうにありがとうございました

ここまで山元町で自分が感じたことを素直に書いてきましたが、やはり自分一人では伝え切れない部分もありますので、この章の最後として、大島さんのBlog記事リンクと、鮎子さんがまとめてくださった山元町の人たちの声をご紹介いたします〜


【大島健夫さんBlog】
http://blog.goo.ne.jp/islander-works/e/d6c94253b30f8adb7bc8336e2164d263

【山元町の人の声】
「見ための復興は進んでいるけれど、心の復興はまだまだなんです」 (ラジオ局の方)
「こういうところ(集会所の集まり)へ来るのはいいんだよー、もっと皆閉じこもってないで出てきた方がいいのに」 (復興住宅の方)
「復興というけれど、なくなったものが同じように戻ってくるわけじゃない。 結局心の整理をして進んでいくということだと思うのです」(役場職員の方)
「一軒一軒が会社のようで、前のような農家の集まりがずいぶんなくなったんだー」(いちご農家の方)
「いちごが んめぇのは1月20日頃からだからまたおいで」 (いちご農家の方)
「新しい駅舎の壁画を描かせてもらって。ほら素敵でしょ。仙台ほどじゃなくても、アートや芸術を楽しめる町にしたい。小さい町だからこそ変化が生まれると早いんです」 (授産施設の方)
「今年はじめての芋煮会の準備をしてるんだ。芋煮の事は母ちゃん達じゃないとわかんねぇ」(復興住宅の役員さん)
「3月に復興住宅に行くんです」 (仮設住宅に住んでいる方)



※「山元町とパウエル通りとこれから 2」へつづきます〜
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