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2016年08月24日21:48

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平安五神伝外伝 閉ざされし屋敷の主 4

二人は改めて屋敷の方を見やる。京の左京という一等地の、周囲の屋敷とは規模が小さいというだけの単なる屋敷。そこが今、自分達の住んでいる場所とは別の世界を作り出しているなど・・・気づいた後でも信じ難い。しかし、それ以外に考えつかない事もまた事実であった。

「この印で作る九字は普段私達が用いる九字と形は似ていても、力の込め方から発動の感覚まで全てが違う。光元に慣れてもらっている時間はないから、今回は私がここで異界の扉を開け、お前が帰るまで閉じないよう留める役を引き受けよう」

保栄が先行して敷地の前に立つ。

「今回の相手は神に匹敵するかもしれない相手・・・本来は私が引き受けたい所だが―――」
「大丈夫です保栄殿。保栄殿がこんなに頑張っているのに僕はまだ何も出来てないんですから・・・僕にやらせてください」

後ろめたそうな保栄に光元は首を振って笑みを作り、反復する。

「大丈夫です」
「・・・そうか。では任せよう」

兄弟子は不安を紛らわせるように小さく息をつく。

「念のために沢女を連れていくといい。いざという時は役に立つだろう・・・沢女、そういう事だ」
「はい〜、かしこまりました〜〜」

保栄の肩近くで浮遊していた小さな妖女が光元の方へ飛んでいく。

「では時間が惜しい。早速始めるとしよう」

保栄が刀印を結び、呪力を開放させる。紡ぐのは九字印だが描かれる線の順番も、注がれる呪力の質も違う。普段自分達陰陽師が用いる九字が闇を切り裂く光の剣を連想させる鋭利さを含んだものであれば、修験者達のものを真似ているという保栄のそれは、重い扉を押し開けていくような重厚さを感じる。
最後の印を切り終わると、屋敷の敷地の境界に一本の光の線が現れた。線は地面から光元の背丈まで上に向かって伸びると、そこから上の頂点を軸に二手に分かれて半円となる。円の内側の光景は相変わらず屋敷があるだけなのだが、心なし内側の色彩の方が鮮やかな気がした。
呪文を紡ぎ続ける保栄が視線で促し、光元と沢女が円の中を潜り抜けていく。
円の境界を抜けた途端、鮮明だった風景が突如大量の霧に覆われた。秋の明朝のような濃霧で、まるで雲の中に屋敷と土地ごと放り込まれたかのようだ。夏らしかった気温も肌寒さを感じる程度に涼しくなっている。

「これは・・・!」

周囲の変貌ぶりに思わず周囲を見渡す沢女。その横で光元は緊張感のある笑みを作った。

「あの境界の向こうにこんな景色が隠されていたとか、まさに異界に踏み込みましたって感じだね・・・」
「光元様・・・もしかして楽しまれてます?」
「え?だってこんなの初めてだし!」

子供らしいというか、一周回って変わり者というか・・・沢女は新しい相棒の性格を判断しかねる。

「さ、行こうか」
「は、はいぃ〜〜・・・」

無造作に歩を進める光元に、沢女はついていくことしか出来ない。
異界の主を求め、二人は屋敷の中へと踏み出した。



「・・・行ったようだな」

まずは第一段階終了、と保栄は小さく息をついて放出する呪力を抑える。先ほどの光景を逆再生するように円が線となり、地面に収束して点となる。
円を作り続ける事自体は難しくないが、仮に異界と現世の時の流れる早さが違う場合、あちらの一瞬がこちらの数刻や数日に値する可能性が考えられる。そんな場合に備えて力は温存しておく事とする。今の状態は、締め切られそうな扉に片足を突っ込んでつっかえ棒にしているようなものだ。
青月光元の呪力は自分より優れている。それが賀茂保栄の見解だ。
根拠は、相手の猛攻を一瞬で作り出した盾で凌ぎ、式を巧みに操り敵の動きを操作してみせた先日の戦闘の様子。同じ芸当が同年だった頃の自分に出来ただろうか?否、今の自分でさえ難しいかもしれない。
そういう面では、光元が進軍し自分が現地を守る再配は最適だったと言えるだろう。しかし、任せたとしても不安は残るものだ。十一歳の少年に背負わせてしまった責任の重さに申し訳なさが立つが、不思議と後悔の念はない。

「あいつの態度にどうしてだか、任せていい、という気になってしまったんだからな・・・」

保栄はちいさく笑い、内心で呟く。

「・・・無事に帰ってこいよ、光元」


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