mixiユーザー(id:3312163)

2016年05月08日23:57

383 view

今日の『真田丸』

まずは先週書き忘れたことから。

今日は出てきませんでしたが、先週活躍した秀吉の母、演じているのは山田昌さん。
なんと86歳で現役なんですね。
しかも板についた名古屋弁もそのはず、ちゃきちゃきの愛知県人です。
つまり名古屋弁ネイティブ。
お寧役の鈴木京香さんは宮城県人だから、名古屋弁はネイティブじゃないんですね。

この山田さんのすごい演技は、百姓上がりの本来なら貧しい農民として一生を終わるはずだった人が無理やり上流階級の生活をしているという感じがよく現れています。
上流階級役でも貧しい農民役でも両方こなせるという役者は珍しくありませんが、いちばん難しいのがこういった身分と違う生活をしている人を演じることだと思います。

かつて「水戸黄門」で初代の東野英治郎さんも上手でした。
旅に出る前などにご老公が領内で百姓に化けて農作業をしているというシーンがよくあります。
初代東野黄門は、高貴な人が貧しい農民に身をやつしているという姿が生き生きと演じられていました。
ところが二代目の佐野浅夫の場合、同じようなシーンで高貴な人が百姓に化けているという感じではなく、この人の場合は本物の百姓に見えてしまうんですね。

話がそれましたが、秀吉は、このドラマでは我われが耳慣れた「豊臣秀吉」ではなく、「豊臣の秀吉」と言っています。
考えてみれば、これが正しいのです。
生徒なの間の「の」は藤原道長(ふじわらのみちなが)、平清盛(たいらのきよもり)、源頼朝(みなもとのよりとも)と、このあたりの時代まで「の」が入りますが、北条時政とか鎌倉幕府の御家人あたりから「の」が入らなくなります。
秀吉の場合に「の」が入っているのは、時代ではなく「姓」の質です。

早い話が「姓」の場合は「の」が入って、苗字(名字)の場合は「の」が入りません。
今でこそ姓と苗字は同義語ですが、本来「姓」と「苗字」は別のものであります。
「姓」とは平安時代までの貴族や豪族の一族を表すもので、平安時代の「新選姓氏録」に乗っているものが目安です。
姓とは神話時代の神様を先祖とする氏族の他は歴代天皇家からの派生氏族が朝廷より賜ったものです。
いろいろな氏族がいろいろな生を名乗っていましたが、平安末期ごろまでにはほとんどが「藤原」「平」「源」の三つの姓のみに淘汰され、そのほかの姓の豪族は滅んでいきます。
「藤原」は中臣鎌足が朝廷より賜ったもの、「源」や「平」も、皇族が皇籍から離脱した時に朝廷より与えられた「姓」です。
だから藤原や平、源は皆「の」が入りますよね。
そして平安末期~鎌倉時代くらいから、同じ姓の一族が増えすぎたので、分家ごとに勝手に名乗ったのが苗字です。
都の摂関家の藤原氏では、京都の中の自分の屋敷のある場所を苗字に(一条、三条、九条、○○小路など)、地方に行った分家の身分の低くなった藤原氏はその地域の一文字と藤原の藤を重ねて「伊藤」「加藤」「武藤」などと名乗りました。
平家や源氏も、鎌倉時代より名字を名乗りだします。
北条氏も姓は「平」なのです。
この生は江戸時代が終わるまで武士は皆苗字のほかに本姓を持っていました。
足利氏は「源」、織田信長は「平」が姓です。
幕末の近藤勇も「近藤勇藤原朝臣昌宜」がフルネームです。

さて、こうして見ると、秀吉の場合、「羽柴」までは自分で勝手に名乗っている苗字ですから「はしばひでよし」のように「の」は入りません。
しかしご存じのように「豊臣」は朝廷から賜った、しかも苗字ではなく「姓」なのです。
だから、「とよとみひでよし」と「の」を入れずに読むと「豊臣」を苗字として扱ってしまうことになるのです。
もちろん「豊臣」は苗字ではなく、「藤原」「平」「源」などのような「姓」です。
そうなると、これまでの習慣に基づけば、「豊臣」が姓である以上、「藤原」や「平」「源」のようにあくまで「姓」なので、名との間には「とよとみのひでよし」というふうに「の」の字を入れるのが普通のでしょう。
それが、「とよとみのひでよし」が正しいのです。
このドラマは珍しくその正しい言い方を採用しています。
おそらく「の」を入れない「とよとみひでよし」という言い方は、豊臣家をなんとか貶めたい江戸幕府が姓である「豊臣」を苗字のごとく扱って「の」を入れずに言いだしたからでしょう。

さて、お松はやはり先週の私の4つの推理のうちの2番目、記憶喪失でしたね。
まんま韓流ドラマです。
それにしても記憶を散り戻すまでが早wwww

ということで、今日はここまで

2 3

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する