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2016年04月17日18:39

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ソコロフ/シューベルト&ベートーヴェン

【収録曲】
CD1
1 シューベルト: 4つの即興曲 D.899
2 シューベルト: 3つのピアノ曲 D.946
録音:2013年5月12日,フィルハーモニック・コンサート・ホール,ワルシャワ(ライブ)

CD2
3 ベートーヴェン: ピアノ・ソナタ 第29番 変ロ長調 Op.106「ハンマークラヴィーア」
〔アンコール〕
4 ラモー: 「やさしい訴え」(クラブサン曲集から)
5 ラモー: 「つむじ風」(クラブサン曲集から)
6 ラモー: 「一つ目の巨人」(クラブサン曲集から)
7 ラモー: 「いたずら好き」(クラブサン曲集から)
8 ラモー: 「未開人」(クラブサン曲集から)
9 ブラームス: 3つの間奏曲 第2番 変ロ短調 Op.117−2
録音:2013年8月23日,祝祭大劇場,ザルツブルク音楽祭(ライブ)

グリゴリー・ソコロフ(Pf)

DG 4795426


グリゴリー・ソコロフのドイツ・グラモフォンからのリリース第2弾はシューベルトとベートーヴェン晩年の作品の組合せ。CD1が2013年5月のワルシャワでの演奏会の録音で,CD2は同年8月ザルツブルク音楽祭でのリサイタルを収めている。

別の時期に別の場所で行ったライブを2枚組のCDとして発売するのは,一見すると変則的である。しかし,間もなくリリースされるDVD(「ライブ・アット・ベルリン,フィルハーモニー」,2013年6月5日収録)は,2枚組のCDとアンコールも含めて全く同じ演奏曲目だ。おそらく2013年に,ワルシャワ,ベルリン,ザルツブルク少なくとも3都市で,同じ曲目のリサイタルを開催したのだろう。そしてCDでは,ワルシャワとザルツブルクの録音のうち,キズの少ない方を選んで組み合わせたのではないだろうか。

作品のもつ相異なる要素を強調しつつも,それをより大きなスケールで統合することを自然にやってのけた,このような演奏をこのCDで聴ける。シューベルト晩年の作品では抒情性と即物性を,ベートーヴェン晩年の大作でもダイナミズムとポエジーを極限まで拡大したあと,説得力にあふれるやり方でひとつの宇宙として統一する力量を発揮している。

それを支えているのは,ソコロフ一流の透徹したピアニズムだ。ソコロフの辛口でコクがあり切れのいいピアノを聴いていると,漆黒の闇に拡がる無数の星の煌めきを連想する。克明に描かれる数々の星は,高解像度の画面に映し出された夜空の星のよう。

シューベルトの即興曲集D.899は甘ったるいセンチメンタリズムはどこにもない。かといって,シューベルトの音楽にありがちな絶望的な孤独感が支配しているわけでもない。ソコロフはこの作品を徹底的に突き放しているものの,即物的であるが故にこの作品の実質を削ぎだす,そのような演奏だ。宇宙的な拡がりと奥行きの中で輝く眩いばかりの傑作といった風情が感じられる。

3つのピアノ曲D.946は,シューベルトの躍動感と旋律とが融合したこの作品の特色が顕著な演奏といえる。どこか「さすらい人」を髣髴とさせるところもある。即興曲集D.899と比べると,絶望感や孤立感がより色濃く表れていることを意識した演奏といえる。曲を躍動させればさせるほど,存在論的な閉塞感が露わになる逆説を巧まずして表現し得ているところは流石というほかない。

ソコロフのハンマークラヴィーアは,巨大な構築物という次元を遥かに超えて,広大無辺な宇宙そのものを表現しようと試みたような演奏である。そして,その表現にはゆっくりとしたテンポとともに溢れんばかりの詩情が流れている。ハンマークラヴィーアでは,ソコロフの思想や哲学というより,このピアニストの神学が語られているようでもある。しかも,どちらかというと神秘主義的な傾向の強い神学といっていい。

アンコールで弾かれたラモーの5作品は,この作曲家の真価を分かりやすく伝える演奏である。ソコロフのラモーを聴いていると,フランス近代音楽の源流に触れているような「錯覚」に陥る。フランス人のアイデンティティの一部であるようなハーモニーとメロディーを明瞭に浮かび上がらせつつ,この二つをフランス・バロック風のリズムにのせて融合させる手並みは見事というほかない。

このアルバムの最後に収められたブラームスの間奏曲はまさに絶品。ブラームスの抒情性が卓越した技巧でもって過不足なく表現されている。この作品そのものが傑作であるうえに,その演奏が卓越しているからだ。

このCDを入手したのは発売日の直後の1月中旬だった。このディスクについて書くのに3か月も要したことになる。このアルバムの素晴らしさをどう表現したものかと考えているうちに,雪が解けて春になってしまった。この間,完全無欠で理想的な演奏をどのように伝えるのか考えあぐねて先延ばしにしているうちに,ますます書けなくなってしまった。

おざなりであろうとも,つたない書きぶりであろうとも,このあたりで形にすべきであろうと腹を括った結果がこれである。筆力の貧弱さが全てであるが,何をどう書けばいいのか困り果てるほどの演奏であるという面がこのCDにあることも事実だ。少なくとも世の中にそのような人物が一人いることは確かだ。

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