命に非(あ)らざるなし。その正を順受すべし。この故に命を知る者は、巖牆(がんしょう)の下に立たず。
※巖牆 危険な場所を喩えた言葉。 巌はそそり立った岩のことで、牆は石や土で築いた細長い塀のこと。 どちらもいつ崩れるかわからないものであるから、その下は危険であるということ。
以下、守屋洋「新訳・孟子」(PHP)より。
【現代語訳】
人間の一生は天命が知っている。天命は甘んじて受け入れなければならない。天命を自覚している人間は、崩れ落ちそうな塀の側には近寄らないものである。
【解説】
「天命」とは、天の意志である。「命」の一字で出てくることも多い。
孔子も『論語』のなかで、こう語っている。
「命を知らざれば、以て君子たるなきなり」
天命に対して無自覚な人間は、君子としての資格に欠けているのだという。
孟子の念願には、孔子のこの言葉があったのかもしれない。
では、天命を自覚すれば、なぜ危険な場所に近寄ろうとしないのか。
思うに、天命を自覚することは、二つのメリットがある。
一つは、「おまえはこれだけのことをやれ」と天から命じられて、この世に生を享(う)けたとするもの。つまり使命感につながる方向。
もう一つは、逆境に突き落とされたとき、「これも天命なのか」と受け入れることができれば、変にじたばたしないですむ。つまり諦念に結びついていく方向。
孟子はこの二つのことを踏まえて、
�‥渓燭鯀瓦Δ靴討曚掘�
��天命に逆らってはならない、と訴えているのである。
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