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2016年04月09日17:57

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言志録「多忙自慢は小物の証し」



『言志録31』の冒頭の言葉、

「今人おおむね多忙を説く」
にはハッとさせられます。江戸時代の人も日常に忙殺さていたのかと驚く一方で、当たり前のように「忙しい。忙しい」を連発している自分に気づかされるからです。

これに続くくだりでまた、一斉は現代人にとっても耳の痛いことを言っています。

其の為す所を視るに、実事を整頓することに十に一、二、閑事を料理することに十に八、九、また閑事を認めて以て実事となす。宣(うべ)なり其の多忙たるや。志ある者誤ってこの窠(か)を踏むこと勿れ。

「よくよく見れば、忙しいと言いながら、絶対にやらなければいけないことは10のうちでせいぜい1、2で、ほかの8,9は差し迫ってやらなくてはいけないことでもなさそうだ。そんなことにまでかかずらっているんだから、忙しいはずだよ」とは強烈な皮肉です。


そこから、「志のある人というのは毎日時々刻々、一心不乱で成すべき事をしているから、雑事に振り回されて忙しいことはない」という結論を導き出しています。


また『言志晩録263』でも“多忙自慢”の人を一刀両断にしています。

多少の人事は皆是学なり。

「人には日々、大小こもごもの出来事が降ってくる。そのすべてが学びだ」というのです。そして、「忙しさを理由に学問をやめるなんてことは間違いだ」としています。

わが身を振り返って、考えてみてください。ひとつのことに集中しているときは、雑事なんか視野の外。それこそ、周りに「忙しい」と吹聴する暇もないでしょう? 逆説的に言えば、「忙しいと思うときは、本業が暇で余力がある」ということでもあるのです。



忙しいという人に、私からアドバイスがあります。それは「デッド時間の割り出し」です。

たとえば、通勤・外出・出張などにともなう移動時間とか、待ち合わせ場所に早く着いたり、会議のスタートが遅れたりしたときの待ち時間など、何もしていない時間を書き出してみるのです。合算すると、けっこうな時間があると思います。

といっても、「そのデッド時間を利用して、仕事を片付けなさい」なんてヤボなことは言いません。ますます多忙感に追い詰められてしまいかねませんからね。

それよりも何か、自分の好きな楽しみ事のために使うことをおすすめします。
場面によりけりですが、好きな音楽を聴くとか、小説や詩集、写真集などの本を開く、目に映った風景をスケッチするなど、短い時間でも楽しめることは意外とたくさんあります。

そういうことをしていると、心がスーッと解放されて、多忙感が薄れます。



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