以下、田口佳史「言志四録・佐藤一斉の自分に火をつける言葉」より。
「謙譲の美徳」という言葉がありますが、「譲ってばかりだと、自分が損をする」と考える方もあります。
一斉は「損どころか、自分を含めたみんなが丸くおさまって平和になる秘訣だ」と言います。
利を人に譲りて、害を己れに受くるは、是れ譲なり。美を人に推して、醜を己れに取るは、是れ謙なり。
謙の反を驕(きょう)と為し、譲の反を争と為す。驕争は是れ身を亡ぼすの始めなり。
戒めざる可(べ)けんや。 (言志耋録127)
※美=良いこと。
※醜=悪いこと)
「謙譲」の「譲」の字は「ゆずる」と読むように、「譲」とは「利益を人に譲って、害を自分が引き受けること」だと定義しています。
一方、「へりくだる」と読む「謙譲」の「謙」とは、「よいことを人にすすめ、イヤなことは自分が取ること」だとしています。
二つ合わせて「謙譲」となるわけですが、これが美徳であることは反対を考えるとよくわかります。
「謙」は「驕」、「譲」は「争」が、いわば反対語。へりくだる心がないと、「オレはすごいんだぞ」と驕慢になって勝手なふるまいをするし、譲る気持ちがないと「いいからオレによこせ」と争いになる。そんなふうに「謙譲」を忘れて、「驕争」に走ることが、身を滅ぼすことになることを、一斉は説いています。
といったことから、謙譲の心は自分の人生を、ひいては社会のあらゆる物事を円滑にまとめていくためのひとつの智慧ととらえることができます。だから美徳なのです。
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