和光同塵
自分の才能や徳を隠して、世俗の中に交じってつつしみ深く、目立たないように俗世間に交じって暮らすことを言います。
「和光」は才知の光を和らげ、隠すこと。
「塵」はちりのこと。転じて、俗世間。
以下、境野勝悟氏「老子・荘子の言葉」より。
謙遜という舟に乗って流れてみる
教え子の一人に、わが国で初めてコンピュータを作った男がいて、一時は、大いに話題に上ったことがある。
ところが、彼は、その才知の力を光らせてみせることを一切しない。ニコニコしながら、他人の話を「ああそうですか」、「なるほど、そうなんだ」と心からうなずいている。
そればかりではなく、人の長所を見つけると、「きみは、ここがいいね」とか「あんたがいるから、とても楽しんだ」といって、ほめたたえるのである。
あんなにもレベルの高い才能をギラギラ輝かせることなく、友達や後輩たちと、いつもなごやかに同調している姿を見ると、決して友達や後輩がチリというわけではないが、老子の「和光同塵」(光を和して塵と交わる)の教えを思い出す。
彼は、世の中が東に流れているのに、自分だけが西に流れることを主張しない。みんなと考えを同じにして、楽しそうに東へと流れていく。が、けっして、溺れない。
彼は常に、一歩退いて、謙遜という舟に乗って流れているからだ。
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