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2016年03月06日12:16

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2-27 早春の東丹沢 三峰山

2016年 2月27日(土)

大山三峰山

煤ヶ谷→谷太郎林道→鳥屋待沢左岸径路→惣久径路→三峰山(935)→七沢山→
不動尻→山ノ神隧道→広沢寺温泉入口→
順礼峠

画像は
惣久径路から三峰山を遠望、
三峰山から塔ノ岳・丹沢山・丹沢三峰を望む、
特異な山容が目を引く鍋嵐

(山行中の写真82枚をフォトアルバムに載せています。)


0、谷太郎林道

7時30分、清川村 煤ヶ谷でバスから降りた乗客は約10人。
林道に入ってすぐに脇に避けて靴紐を結び、全員が追い抜いて行くのを待つ。

自販機でコーヒーを買って飲んだり川の方まで下りたりと道草を食いながらゆっくり進む。
川の対岸の尾根に聳える大きな木の脇には、朝陽に照らされた石祠が見えた。

先月訪ねた正住禅寺への坂道を右に見て林道を進むと、民家の庭先では木々が白や薄紅の花を付けており、まだ霜が降りて風が冷たいこの山麓の集落にも柔らかな春の息吹を見出だす。

さらに林道を進むとコンクリート擁壁の壁面に双体道祖神が安置されていた。
ちゃんと道祖神を置ける構造になっていて、その心遣いが嬉しい。

水ノ尻沢に架かる橋を渡ると、清川リバーランド前で沢屋さん4人組と擦れ違った。

この先は杉檜の植林地となる。渓谷の様相を帯びていた谷太郎川から離れ、先程まで聴こえていた犬の吠え声も遠ざかると、静かで山深い雰囲気になった。


1、惣久径路

権現橋の手前から鳥屋待沢左岸の径路に入り、明瞭な仕事道を辿る。直立する人工林に斜めに降り注ぐ木洩れ陽が描く幾何学模様が美しい。

8時30分、沢側が大きく開けた平地となったところで右側の斜面に取り付く。
いきなりの急勾配をジグザクに登ると上部は手掛かりの少ない露岩が次々と現れ、滑らないように注意しながら自然林の尾根に乗る。

この尾根は不動沢と鳥屋待沢の間にあり、「惣久径路」と呼ばれている。
かつての木材運搬路だろうか。

尾根上からは北に仏果山・経ヶ岳・華厳山など相州アルプスの展望が良い。
P415を越えて鞍部からP616を目指す間、時折 明瞭な径路が現れる。

姿は見えないが何度か鹿が走り去る音が聴こえ、熊の糞も見つけた。
やがて前方から白い髭をたくわえた男性が下ってきたので驚いた。
午前中の惣久径路を勝手知ったる足取りで下るとは、きっと丹沢を知悉している人物に違いない。

人工林と自然林の界尾根を登っていると、半ば土と落ち葉に埋もれかけた石祠があった。かつてこの道が使われていた頃のものだろうか。

やがて傾斜が急になると径路は山腹を巻くようになり、色褪せたトラロープを手掛かりに進むと樅か栂が林立する辺りからは三峰山の稜線が近くに見える。

やがて径路は崩れやすい急斜面に紛れて不明瞭になり、無理なトラバースはせずに尾根に攀じ登る。
前方の稜線を目指してひと登りすると、11時20分、登山道に合流した。


2、三峰山

登山道に人影は無い。雪が僅かに残り、ぬかるんでいる所もあるがやはり登山道は歩きやすい。
稜線からは西側の展望が大きく開け、北西の手前には兜のような山容が特徴の鍋嵐、西には丹沢三峰・丹沢山・塔ノ岳の稜線が南北に連なって壮観だ。

丹沢山から北に続く丹沢三峰に対し、区別する為にこちらは大山三峰と呼ばれている。
どのガイドブックを見ても「丹沢には珍しい岩稜帯が続く険路で、鎖場が連続するスリリングなコース」と紹介されており、今日初めて歩くのでどんなコースなのか楽しみだ。

また、ここはかつて修験の道でもあった。
鋸の刃のような峨々たる稜線が目を引く三峰山は、八菅修験や大山修験の聖地であったという。

八菅修験の行場は三峰山を含め30ヵ所、7泊に及ぶ修行であり、特に三峰山から大山にかけては厳しい山岳地帯で「奥駈け」と呼ばれ、最も困難な道とされた。
三峰山の北峰は第18行所「阿弥陀嶽」、中央峰は第19行所「妙法嶽」、そして南峰が第20行所「大日嶽」と位置付けられていた。
(「丹沢の行者道を歩く」 城川隆生 著)


歩いてみると岩が多いヤセ尾根の小刻みな登降が続き、安全の為の木橋、ハシゴ、鎖場が連続するが、むしろ整備過剰なほどであり、本当に鎖が必要な場所はほんの数箇所であったように思う。

ただ、登山道として整備される前は厳しい険路だった事が容易に想像され、数ある丹沢の山々の中で異彩を放っていると言えそうだ。
特に北峰から望む中央峰と南峰は突兀と聳えて印象深い。

また前方には大山の秀麗な姿と大山北尾根を望む事ができ、修験者たちにとって聖地だったというのは頷ける。
東に目を移せば広大な平野部を眼下に見遥かすこの山は、確かに俗世を離れた修行の道に相応しい。

12時20分、三峰山の山頂標識に至る。
三角点のある中央峰には誰もおらず、稜線で出会ったのはいずれも単独の男性で10人に満たない数であり、とても静かな稜線歩きを満喫できた。

ここからかつて第21行所だった「不動嶽」を経由し、唐沢峠から迂回して不動尻に下るつもりだったのだが分岐を見過ごし、そのまま不動尻に下りる道に入ってしまった。

下りる道中ではすぐ近くに鐘ヶ嶽、前方には日向山の稜線を望み、これらはいずれも中世山岳寺院や日向修験に纏わる山々だ。

沢沿いの道では大きな岩や清流、小さな滝を見ながら下り、13時50分、不動尻に到着。下山中に出会ったのは男性1人だけだった。


3、広沢寺温泉から順礼峠へ

不動尻でザックを下ろしてカップラーメンを食べていると、立て続けに下山者が現れた。中には大山から下山してきた人もいそうだ。

まだ時間が早いので鐘ヶ嶽にも登ろうかと考え、煤ヶ谷への分岐を左に見送って広沢寺温泉方面に向かう。

霊が出るという噂がある山ノ神隧道は全長200mほどで照明は無く真っ暗だがほぼ直線で出口が見えており、念のためペンライトを点灯して歩いたが怖くなかった。
丹沢にはこうした真っ暗な隧道は幾つもあるし、この付近では霊よりもヤマビルのほうが現実的な脅威だ。

隧道を出て、鐘ヶ嶽に登ろうかどうしようか、と思案していたら山歩きの服装ではない無愛想な若い男性が現れ、登山口に向かった。
自分は何となく機先を制される形になり、山に登るのはやめた。

そのまま広沢寺温泉への道を辿ると様々な物や風景に出会った。
完成間近の巨大堰堤、特殊な音波を用いた鳥獣駆逐装置、山と里の境界に張り巡らされた電気柵、馬頭観世音、「大釜弁財天」への道、茶畑と棚田、愛宕社、そして地蔵などの石像群…

広沢寺温泉に着いた時にはスマホの電池が残り僅かとなり、カメラは起動しなくなってしまった。

この先の、樹木が鬱蒼と繁る一角には多数の石造物がひっそりと佇んでおり、付近の見城山や日向山も含めて興味深く、是非とも再訪したい地域だ。

温泉入口バス停で伊勢原駅北口行きのバス時刻を確認すると、次のバスまで1時間もある。

ここから再び山に入り、すぐ近くの順礼峠を訪ねてみる事にした。
道標に従って誰もいない静かな住宅地を抜けていくと、不意に縄跳びをしながら駆けてくる頬の紅い女の子が現れ、擦れ違った。

山に入る手前の一角には無造作に道祖神などが置かれている。時代の風に晒され、まるで街の片隅に吹き寄せられた落ち葉のようにひっそりと蹲る石造物はいずれも風化が著しく、信仰が忘れ去られて意味を失った石塊に帰す日もそう遠くはないだろう。

柵を抜けて山道に入り夕映えに染まりゆく雑木林に吹きわたる風の中を歩いていると、先程見かけた少女も侘しげな石像群も幻だったのではないか、という想念に囚われた。

やがて順礼峠に至る。
ここは昔 日向薬師と飯山観音を結ぶ順礼の道として栄えた歴史のある峠で、「関東ふれあいの道」の散策路として整備されている。
江戸時代のすわり地蔵が大きく目立つが、傍らには牛供養塔や馬頭観世音も並んでいて歴史を偲ばせる。
近くの高台に登ると大きな広場があり、厚木市街から遠く横浜、東京方面の大展望地となっていた。
東京スカイツリーが見えるという有料の望遠鏡まで備えつけられている。

昼間は家族連れなどで賑わいそうだが、日没が迫るこの時間には誰もいない。

休憩舎の傍らで湯を沸かし、身体が温まる生姜葛湯を飲む。
街着の初老男性が一人現れたがすぐに立ち去り、再び夕暮れの静けさを取り戻す。

樹間にはジョギングの男性や犬の散歩の女性が見えた。

17時を報せる清川村のチャイムが遠くから響くのに耳を澄ませ、西の山の端に陽が沈むのを見届けてから峠に下り、暮れなずむ往路を辿る。


mixi 「丹沢を歩く会」
コミュニティ 副管理人
モリカワ
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