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2016年02月20日22:22

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最近、思ったこと。part0009

 最近ちょっと怯んでる、ってかちょっと自分に日和始めてる。対アジア主義の対抗情報戦のために「漢学」のおさらいを始めたのは概報したがこれが「途轍もなく厄介」な代物であることがだんだん判って来たのだ。ふーー、マジかい(-_-;)。明日も東京行ってテキスト集めてこなきゃならないんだか、一月たたずにギブアップ寸前だよ(ToT)。何がそんなに厄介なのか?前回、漢学の中枢である「儒教」は宋代(1100年代前後)に解体的に再編成され「新儒教」に生まれ変わったと書いた。どうも思想史的分析を進めていくと「生まれ変わった」のではなく「新規に宣教」されたと解釈したほうが現実的であることがわかってきたのだ。誤解を恐れず言えば


「新儒教」とはマニ教(明教)を媒介として儒教用語に翻訳されたアーリア系宗教


ではないのか?という疑問だ。まだ精査の途中だがほぼ間違いないと思う。ま、前々から言われては来た事なんだけどね(-_-;)。そうすると「漢学」理解するために「アーリア学」もやらなければ成らなくなるって訳だ。また、宿題がモーーーーーレツに増えた(ToT)(ToT)(ToT)。何の因果だ!ここでこれ理解をしてもらうために少し比較宗教学的分類に戻ろう。去年の年末、「宗教」=「言葉」であり簡単に発達レベルで分類すると�仝朕誘�(個人の信念)、��家族教(家族的信仰)、�L餌化ゞ機↓だこ�宗教の4つに分類され、�だこ�宗教は「言葉を超えた論理」によって生み出されると書いた。ではこの「論理」とは何なのか?それは「翻訳可能な経典」の事なのだ。だから、�だこ�宗教とは同時に「経典宗教」の事を指す。そして経典宗教とは突き詰めれば二つしかないのだ。つまり


セム教とアーリア教


だ。この二つの宗教は教義を混交させながら分裂・発展してきた。ちなみにセム教のまえにシュメル教(シュメル人の宗教)がインダス文明由来の教義体系を持っていたのではないかいう仮説もあるのだがここでは割愛する。セム教およびアーリア教の後継宗教の思想系図は以下のとおり


セム教┬→バビロン教────┐
    └→エジプト教→アテン教┴→ユダヤ教┬→キリスト教
                             │
                             └→イスラム教

アーリア教┬→ヨーロッパ系民族宗教(ギリシア教・ラテン教・ゲルマン教)
       ├→ゾロアスター教┬→マニ教
       │           └→マズダク教
       ├→ミトラ教
       ├→バラモン教┬→ヒンドゥ教
       │        ├→仏教───┬→上座仏教
       │        │         ├→大乗仏教→シナ仏教→日本仏教
       │        │         └→チベット仏教
       │        └→ジャイナ教
       └→テンゲリ教(モンゴル天神信仰)


ふーー、膨大すぎて概要の資料算定だけで寿命つきそう(-_-;)。問題となるゾロアスター教(現・パルシー教)やその影響下にあるドゥルーズ教(イスラエルのシーア派イスラム教の分派)の経典なんて門外不出の代物だせ。どないせーーちゅうの?ふーー、ま、いいか(-_-;)。もともと先祖代々仏教徒のおいらはいずれその勉強の一環として「アーリア学」やる気ではいたし、こんな始まりになるとは思いもしなかったけどね。やってみますか、ふーー、こりゃ「思想のヒマラヤ山脈」だな。どう軽く見積もっても100万枚(文庫本で1250冊)へたすりゃ1000万枚(文庫本で1万2500冊)超えるかも。四庫全書(清朝皇帝が作らせた膨大な漢籍百科事典)かよ(ToT)。とほほ。


おまけにみくしー検索かけてみました。

 「アーリア学」

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