【読者日記】
白石雅彦「ウルトラQ」の誕生
あの人気番組の誕生までの秘密に、残された資料と、関係者への取材で迫る!
いわば研究書だけど、この研究が、めちゃくちゃ綿密。
普通、この手の「懐かし番組」の本って、関係者も、もう「いい思い出」になってるし、「いい話」に、なりがちじゃないですか。
この本を読んだ第一印象は、「えっ、こんなシロウトみたいな、危なっかしい作り方してたの?」
もう時代が違うからさ。
よく「初めての怪獣番組」みたいに言われるけど。
日本のテレビドラマ自体が、まだそんな、作り方慣れてる人がいないからさ(笑)
シロウトみたいな若者と、映画しかやった事ない人たちが集まって、使えない脚本書いたり、無駄に金使ったりして。
俺、ビックリしたんだけど、「ウルトラマン」の生みの親であるデザイナーの成田亨さんと造形の高山良策さんが参加したのって、第2クールからかよ!
それまでは、東宝から借りた怪獣を弄り回して、なんとかしてたという(笑)
ならねぇよ!
(ウルトラQは、制作の順番と、放送の順番が違うので注意)
あと、ウルトラマンで、あんなにキレキレの脚本を書いてた金城哲夫さんが、「Q」の時は、関係者みんなに「脚本になってなかった」と言われてたのが意外だった。
円谷一(はじめ)さんが、物凄いスパルタで鍛え上げたらしい。
やがて「ウルトラQ」は、脚本で上原正三さんがデビューしたり、監督で満田さんがデビューしたり、後の「ウルトラブーム」を支える陣容が揃っていく訳ですが。
しかし円谷一さんは、監督としても優秀だし、プロデューサー的な動きもしてたし、人望あって営業みたいな事もしてたし、人を育てるのも上手いし、ほんと早逝が惜しまれるよなあ。
完全に、今の時代でいう過労死だけど。
(特にマニアではなく、単に当時の視聴者だったウチの死んだお袋さえ、「ウルトラマンは、英二さんと一さんが死んでからダメになったんだよね〜」と良く言っていた)
あと意外だったのは、TBSの「ウルトラQ」と同時に円谷プロがフジテレビに売り込んでいた「WoO」ってボツ企画、こんなに引っ張ってたんだ!と思った。
今までの書籍だと、「ウルトラQの前にWoOという没企画がありまして〜」みたいにサラッと流してたから、こんなに引っ張ってたとは思わなかったよ。
完全に、フジテレビとTBSの「円谷ブランド」の奪い合いだよね。
結果的に、「WoO」が成立しなかった理由は、円谷側が出した制作予算をフジテレビが飲まなかった「らしい」と、この本は結論付けてますが。
結果的にフジテレビは円谷ではなくピー・プロと「マグマ大使」「スペクトルマン」「快傑ライオン丸」とかを生み出して、ウルトラだけじゃなくライダー辺りにも対抗したんだから、お買い得だったよね。
と思ったら、この本によると、円谷プロは「WoO」の特撮をピープロに下請けに出すつもりだったらしい。
絵かよ!
ピープロは、アニメも作ってたスタジオなので、金のかかる特撮を絵やアニメで処理する事で有名。
今で言うCGですね→言い過ぎ
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