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2015年11月18日09:26

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平安五神伝 龍は雲に従う 1−4

 炎狐の出現と同時に消えた火の壁の向こうで、光元が若草色の狩衣の袖を翻し男を指差す。

「陰陽頭(おんみょうのかみ)の命により、君の身柄を拘束させてもらうよ!」 
「てめ・・・異形を操りやがるのか!?」

 吐き捨てるように言いながら男は炎狐達に向かって剣を振るう。しかし炎狐は小さな体躯を利用し刃の一閃を八方に避ける。
 しかしその一撃は囮だった。散った炎狐達の間を金髪の男が走り抜ける。最初から狙いは光元だったのだ。相手の思惑に気づいた炎狐達が必死に駆けるが、隙を突いた男の方が速い。
 下段で刀を構え直し向かってくる相手に対し、少年は右手を己の胸の前で構える。手は人差し指と中指を伸ばした刀印の形。

「へぇ・・・いいねぇ。それ挑戦ってこと?」

 光元の強気の一笑は余裕を孕んでいた。

「禁っ!」

 少年の叫びと共に不可視の壁が築かれ、男の刀との激しい衝突音が辺り一帯に響き渡る。配下である妖異の助けなしでは無力と思っていた男は予想外の力に目を丸くする。完全に動きを止めた男に対し光元は畳み掛ける。

「ナウマク・サンマンダ・ボダナン・アビラウンケン!」

 目前で放たれた真言が通力の塊となり男を襲う。跳ね飛ばされた男は宙を舞ったが危なげなく足から地面に降りたち、余剰の力を岸部の丸石を跳ね飛ばしつつ滑って殺す。
 しかしその間に光元の袖から十数枚の呪符が抜き放たれた。即座に反応した黄龍が横に飛び退いたにも関わらず、放たれた札はまるで生きているかのように向きを変え執拗に獲物を追いかけ、彼の腕や背や顔などに貼り付く。

「うわっ!んだよこれっ!?」

 驚いた黄龍が必死に腕や足を振るうが、呪術のかかった呪符が離れる気配は無い。爪をたて無理矢理引き離そうと試み始めた頃には、既に光元は優雅な足取りで黄龍の正面に回っている。

「確かに異形を式にして傍に置く事もあるけどさ、真言を唱えたり占いをしたり暦を書いたり・・・陰陽師もいろいろ大変なんだよねぇ」

 呑気な調子で説明する光元の両手は再び胸の前にあった。狩衣の長い袖が肘の方へずり落ち、両手で続々と組み上げられる不動七縛が露わになる。

「『ナウマク・サンマンダ・バサラタ・センダマカロシャ・ヤハソヤタラヤ・ウン・タラタカンマン』!」

 真言を高らかに響かせ、十字に刀印をきり、印を結ぶ。

『臨・前・先』

 呪文と共に男の足元が発光した。そこにあらかじめ描かれていた円陣が反応し、男を赤く照らしたのだ。

「げ・・・!」

 危険を察した男は苦い声を上げてその場を飛び退こうとしたがもう遅い。円陣から鎖状の通力が伸び、男の手足や首など、動かせそうな部分の一切を封じていく。

「くっそ・・・てめ!」

 男は怒髪(どはつ)天を衝く勢いで戒めから逃れようと手足を振りもがく。幾千もの年を生き、名を聞いた者を恐怖に怯えさせ、過ぎ去った場所には死者しか残らないと言わしめたこの身が人間・・・しかも子供に捕まるなどあってはならない。末代まで語られそうな笑い話になるではないか。
 そう己を叱咤するのだが不可視の鎖はびくともしない。動かそうとした足も、実際は一歩さえ動く様子を見せない。意に反する己の身体に畏怖を感じ死力とも言えるほど全力で意思を傾けるが、まるでその意識の途中に遮蔽物(しゃへいぶつ)が隔たっているかのようにまるで効果が無い。牛頭の豪腕を片手で凌駕する彼の物理的な力が一切通用しないのだ。
 視線を周囲に流せば、葦の草むらや対岸に同じ赤光の柱が立ち上っているのが確認できる。あらかじめ用意されたその装置や体の呪符が男の縛鎖を補強しているのだ。

「ハメやがったな!?」
「何の事かな〜」

 何より苛立つのは光元のトボけたようにも見える余裕な態度。子供特有の愛嬌ある笑顔をしているのに、こんな仕打ちの後では可愛げなんて微塵も感じられなかった。
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