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2015年11月18日09:20

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平安五神伝 龍は雲に従う 1−2

 男は腕を組み微動だにしない牛頭の異形に近付きながら口を開く。低めの、だがよく通る声が夜の闇に響く。

「おいてめぇ、人が寝てる間に縄張りで好き勝手するたぁいい度胸じゃねぇか」
「………」

 しかし牛頭は沈黙を守る。それが癪に触ったのか男は更に距離を縮め、とうとう異形の目前にまで迫る。相手の巨体や異質な容姿に驚く素振りさえ見せず、頭上にある牛頭の頭部へ首を突き出し睨ねつける。

「しかも、この俺を前にして逃げ出さないっつーことは…てめぇはよっぽどの馬鹿かアホだな」
「………」
「ドジでマヌケで世間知らずだな!!」
「………」
「・・・何か喋れよ!!!」
「………」

 どれだけ罵詈雑言を並べられようとも牛頭はだんまりを決め込んでいた。逞しい腕が槍を両手で構え直され、おもむろに槍がなぎ払われる。振り回した槍の穂先は当然のように対峙する男に向けられていた。

「うおっ、あぶねぇ!!」

 金髪の男は後方に仰け反って槍先を回避する。

「てめ・・・いきなり何しやがる牛野郎っ!」

 姿勢を整えた若者が怒りを込めて悪態をつくが対する牛頭は、

「………」
「・・・てっめぇな〜〜〜」

 彼の堪忍袋の緒が切れる小気味良い音が聞こえてきそうだった。
 先に怒りの臨界点を突破したのは先程から沈黙を守る妖異でなく、けなしまくっていた男の方であった。更に悪口を並べようと開いた口が不意に閉じられ、代わりに好戦的な笑みを浮かべる。

「へっ、そういう事か。・・・それがてめぇなりの返事の仕方か」

 彼は金の双眸を煌(きらめ)かせると、左腰にさしていた刀を抜いた。

「つまり、俺に斬られたいって事だろ?」

 その刀は特別技巧がこなされた様子はない。漆黒の柄と銀の刃の間には鍔(つば)さえ存在しない簡素な作りのもので刃渡りもそう長くない。どうやら都の量産品のようだ。しかしその刃の周りには細い糸状の紫電が散っている。
 雷と共の出現、紫電を纏う得物、黄金色帯びる髪と瞳。それらから推測して彼もまた牛頭と同じく妖異の類であると容易に推測される。

「この池に入り込んで、しかもこの俺に刃を向けた時点でてめぇの追放先は決定だ」

 若者が右手に抜いた刀を突きつける。据えた先は牛頭の眉間。

「今すぐ地獄に叩き込んでやる!売られた喧嘩は買う主義だ。冥土の土産に俺の刃の味、しっかり味わわせてやるから覚悟しやがれ!」

 身勝手にそう宣言し、刀を握り構える。途端に風を切り横方から飛来してくる鉄槍の一撃を、瞬時に反応した右手の得物で受け止める。重なり合う刃先が甲高い金切り音をあげる。男はその勢いのまま力を込め槍を押しのけようとする。負けじと牛頭も隆々とした腕に全力をかけ槍を押し込めようと応戦、壮絶な鍔迫り合いが始まる。
 身長と体格では牛頭の方が上だが、徐々に押されているのはその牛頭の方であった。男は片手、一方の牛頭は両手で得物を握っているにも関わらずである。互いの有する力の差は歴然だった。

「しゃらくせぇ!!」

 遂に槍が牛頭の手から弾き飛ばされ、男の返す刀が異形の腹部に肉薄。纏いついた紫電が硬質な鎧を焼き切る音と共に無防備な腹に銀色の刀身が突きこまれる!一瞬の静寂の後、牛頭の腹部から膨大な真紅の血が噴出、追撃を逃れようと身を引き刀の支えを失った異形は声一つたてず仰向けによろけた。返り血を浴びつつ若者はそれを確認し、犬歯を剥き出した凄絶な勝利の笑みを浮かべる。

 倒れまいとする牛頭は体勢を保とうと数歩足を踏み変えたが、その気力も遂には耐え切れなくなり肢体が傾ぐ。その巨体は重い地響きと共に地面に倒れる瞬間―――唐突に消えてしまった。
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