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2015年11月09日10:28

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龍雲 七章之五

『一期一会』の一同はその門前に居場所を変えていた。路地では白河の護衛達が朧車に宿屋の宝物を積み込んでいる。

「あー、模造品は宿に置いてても問題ないから。その壺は陰陽寮に持っていく分ね。短刀は積み込んでもらっていいよ」

肩に炎狐を乗せた光元が物品の采配をしていた。

「あぁ、あの蟲毒の壺は高かったのに・・・あぁぁ、その刀はとある国司の屋敷の家宝を引き取ったもので・・・」

その様子を紐心が顔を赤くしたり青くしたりしながら眺めている。

「さて、ひと段落ついたかな〜・・・という事で、陰陽寮で封印・保管する必要のない物は白河邸に引き取ってもらう事にするよ。シーちゃんはその道中の護衛についてもらうとして・・・烏輪ちゃんとその部下は、引き続き屋敷の警護をしてもらうって事でいい?」
「に、人間の言うことなんて聞かないっ」

光元の申し出に烏輪はそっぽを向いた。

「白河様を倒した人・・・の主人が従えと言うから動くだけよ!」
「その解釈でよろしいのではないでしょうか。自身が納得出来るなら理由などどのようにでも」

白河を倒した人、もとい白虎が檜扇を片手に口添えする。

「ところで、先ほどから呼ぶその『シーちゃん』というのは・・・」
「勿論、君の名前だよ?陰陽師として、名づけはやっぱり必要じゃない」 

光元は事もなげに言うが、対する白虎の表情は笑顔のまま氷漬けにされたように固まっている。隣の烏輪も思わず目を見開いて驚きの表情を作っていた。
たっぷり時間を置いて、納得したように白虎の閉じられた檜扇が空いた手のひらに打ち付けられ、軽い音を立てた。

「・・・あぁ、愛称ですか」
「シーちゃんはシーちゃんだよ?白いからシーちゃん」
「・・・・・・」

縋るように編み出した解釈は一文字に切り捨てられた。由来まで付けられては誤解のしようもない。

「その気持ちはわかる」

朧車に背中を預けていた玄武が同情するように頷く。白虎は嘆きの表情を開いた檜扇で隠した。

「あの方の苦い顔つきの意味がやっと理解出来ましたよ・・・」
「あの方って言えば・・・あ、いた」

光元が視界を泳がせると、桜の木の下でしゃがみ込む男の姿を見つけた。

「なぁ朔・・・戦闘狂の優男に皮肉野郎、腹黒陰陽師のガキって・・・どーなんだろうなぁ、この新しい仲間の面子ってのは・・・」

黄龍は桜の木を見上げ、独り言のように愚痴をこぼしていた。
黄龍が再度人化して宿に舞い戻った時、白虎と妖気の巻き起こした風の影響で狂い桜の花弁は全て散り、前の主人である少女は姿どころか気配も感じられなかった。
しかし光元が言うに、朔の魂は現世に繋ぎとめてくれたこの桜の精と長い間共に在ったことで同調し、未だにそこにあるそうだ。人の魂というより、精霊に近いものに変化しているらしい。しかし当の精霊の力はあまり強くなく、存在を感じる事が出来るのは一番力の強まる開花から散り終わるまでの僅かな時間だけらしい。妖気を取り込んでいた事で引き起こされていた狂い咲きはもうしないだろう、とも言っていた。
黄龍は桜に問う。

「・・・本当に行っていいか?」

他の誰でもなく、自身を問う質問だった。最後の甘えとも言えるだろう。
一陣の風が吹く。さらわれた一枚の花弁が黄龍の頬に当たった。

『何言ってるの!悩むくらいならさっさと動く!』

少女の叱咤が聞こえた気がした。

「・・・わーったよ。もう聞かねぇ。・・・ありがとな」

別れでなく、快活な声で見送る彼女の言葉。黄龍はその一言を待ち望んでいたのかもしれない。

「コーちゃーん!何してるのー?」

呼びかけてくる新たな主人の声がした。振り返ると、光元がこちらに向けて大きく手を振っている。玄武が胡乱げに見つめていて、白虎が小さく笑みを作っている。

「コーちゃん言うなっ!・・・すぐ行く!」

黄龍は懐から出した何かを桜の根元に置き、立ち上がる。

「じゃ、また春にな」

男は背を向け歩き出す。
彼の再出発を、桜と根元に置かれた小さな葛餅が静かに見届けた。



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