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2015年11月08日21:00

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龍雲 七章之四

陰陽寮の門前。築地塀の上で加茂兄弟は曇天を見上げていた。

「兄様、見えてますか?」
「あぁ、この式の吹雪が空を埋め尽くす光景は私と保栄の共同作業・・・努力の結晶だな!」
「そこでなく!」

保栄は己の放った式の群れに紛れる輝く帯を指し示す。

「龍ですよ!龍!!」
「あぁ。美しい・・・見事な黄龍だな」

その輝きとは、蛇のような肢体に幾万も連なる黄金の鱗。背を夕日のような橙の毛並みが艶を放ち波立つ。枝分かれした褐色の角が生える下で透き通るような透明感を帯びた黄金の双眸が地上を悠然と見下ろしている。鼻腔の下から伸びる太い糸のような長い髭が風もなくゆったりと空(くう)を泳ぐ。力強い四肢には刀より鋭い爪を備えた五指。翼もなく空に浮くそれは人が思い浮かべる幻獣『龍』そのもの。
黄金色の龍、『黄龍(おうりゅう)』が顕現していた。
太古より恐れ敬われてきた伝説の生物の超絶雄大とした姿を、保栄は目を見開き凝視する。浮かんでいる怯えと驚きの色は、隣に並ぶ忠憲の目にも明らかだった。

「あれは巨椋池に潜んでいた龍でしょう。つまり信じがたい話ですが・・・光元はあの黄龍を捕らえて配下にしたという事です?」
「そうとも限らないだろう。神獣を手懐ける事はそう容易い事ではない。しかしそうだな・・・一時、手を借りるという取引のようなものなら応じてくれる・・・かもしれない」

語調が弱まる忠憲の声をかき消す大轟音。黄龍の放った雷撃が幾千条もの光の柱となり、空を舞う式神の群れと壁を貫く。光の壁は式神が焼き切れると共に水泡のように爆ぜ、鱗粉のようになった飛沫が瘴気の雲をかき消し、浄化していく。
曇天が薄まり、星の瞬く夜空が顔を出した。平安京は危機を脱したのだ。
光の爆発に紛れて黄龍の姿も消え、何事もなかったかのような深い闇色の夜空が二人の頭上に広がっている。

「・・・そうですか」

煮え切らない兄の回答に、保栄はつっけどんに返す。事態の収拾を予感したのだろう。天を眺めていた首が下ろされた。

「さて・・・明日には謎の曇天と落雷に対しての詰問が山のように押し寄せてくることでしょうし、私は事後処理に移らせて頂きます。頭(かみ)はどうぞ、そのままに」
「保栄・・・そう拗ねないでおくれ」

業務様式に言葉を正し、冷たく言い置いて陰陽寮に戻ろうとする保栄に忠憲の声が追いすがる。

「この一件でお前のことを後手に回した事は謝る・・・が、公達への尋問は名声の低い光元には荷の重い役割だった。お前の協力なければ大惨事を引き起こしかない事件になっていたと私は確信している・・・お前はよくやった」
「私がいつ拗ねたと?」

振り返らない弟の返事は静かで、しかし怒りを込めていて・・・この様子の何処が一体、拗ねてないと言えるのか。

「激励のお言葉、感謝致します」

まるでありがたみを感じていない様子のまま遠くなる背中を見送りつつ、忠憲は肩をすくめる。

「・・・我が弟は気が短くて困るね。まぁ、そこもふまえて可愛いのだけども」

忠憲は弟の機嫌を直すためにその後ろを追う。
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