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2015年11月07日21:48

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龍雲 七章之三

「な、何なんだ・・・?!」

黄龍が上体を起こして先ほど走ってきた方角を見やる。
桜の大樹から空に向けて、紐心が溜め込み続けた妖気の塊が漆黒の柱となって延々と立ち上っていた。妖気は雲のような形になって平安京の上空全体に向けて範囲を拡大している。星空はあっという間に黒雲に遮られ見えなくなった。
宿屋の敷地一帯も濃い妖気が充満し、まるで黒い霧に覆われたようだ。具現化して見えるほどに強い妖気・・・黄龍のそれは黄色い燐光だったが現在辺りにまき散らされた妖気はそれに等しく強く、加えて禍々しい。

「十年かけて溜められた妖気に、さっきの大妖同士のぶつかり合い・・・その膨大な妖力を浴びて、元々限界に近かった道具と桜の精の方が耐え切れなくなったようだ」

危機的状況の中、玄武が冷静な思考で分析する。その腕から降ろされた光元は逆に激昂していた。

「なんで朔ちゃんが道具を?!道具を取りに行ったはずの紐心はこうして捕まえたっていうのに!」
「わ、私は白河様が桜の精を確実に殺す為の宝剣『霊断(たまた)ち』を取りに行っただけで・・・」
「はぁ?!」

主犯格のまさかの一言に少年陰陽師は頓狂な声を上げる。

「この量の妖気が空から都中に降るとなれば、まず呪術的防御の出来ない動植物や民間人は死に絶える!その後も疫病・死病が蔓延して、更に惹かれてきた妖異の跋扈する魔都と変わりかねない!!」
「どうすんだよコレ?!」
「占術で敵の目的は分かってたんだ・・・だから先手を打って防いだつもりだったのに、まさかこんなところで誤算が生じるなんてね・・・用意してた呪符も、溢れ出る妖気を一瞬止める程度しか効き目がなかったし」

頼りにしていた光元の弱気な発言に黄龍の眉尻が下がる。

「嘘だろ・・・ここまで来て・・・」

平安京の危機を救う打開策を求めて必死に打開策を思案する陰陽師とその配下勢を、朔は不安そうに見つめる。おろおろと見回す少女の視線は白虎の銀灰の瞳にぶつかって止まった。彼の視線が上へ向けられる。紅珊瑚の口唇が浮かべるのは薄い笑み。

「・・・どうやら、諦めるのはまだ早いようですよ」

物静かな、しかしよく通る声に全員の視線が集まった。白虎は天に檜扇を差し向ける。

「未来を予知していたのは青月殿だけではなかったようですね」

たれ込める曇天の空に白い塊が浮遊しているのが見えた。塊は外側から徐々に形を崩し欠片は等間隔に並ぶように滑空していく。よく目をこらしてみれば、小さな欠片のひとつひとつが白い鳥の形をしていた。正体に気づいた光元が目を見張る。

「あれは・・・お師様と保栄殿の式!?」
「なんて数だ・・・」

空全体に散らばった式が一斉に発光する。重なり合った守護の光が一つの壁となり、妖気の落下を押し留める。式に描かれた呪印を確認し、光元が天を指さす。

「コーちゃん、全力であの式の群れに雷撃を放って!式に込められた術を浄化の術に変化させる為に、今こそコーちゃんの大火力が必要なんだ!」

光元は右手で刀印を組み、詠唱に入る。黄龍自身の力というより、己の通力を乗せて一度に広範囲へ拡散させるのが目的なのだろう。
意図を察して歩もうとした黄龍は、しかし一歩踏み出したところで足を止める。

「・・・朔」

呼びかけたのは少女の名であった。不安そうな面持ちで見上げてくる少女の霊に、黄龍は視線を泳がせながら口を開く。

「その・・・俺はもう心配いらねぇから・・・また進めるから・・・」

たどたどしい言葉遣いだったが、それは確かに彼の決意だった。

「いってくる」

朔は満面の笑みで頷く。透けた手が前へ伸ばされ優しく男の背中を押した。

「いってらっしゃい」

そう少女の唇は動いた。音にならない少女の声は、ぬくもりを含んで黄龍を後押しする。
結界の外に出た黄龍の姿は瞬く間に妖気の霧に霞(かす)んだ。前のめりになった男の背は、次の瞬間大きくのけ反る。

「うおぉぉぉぉぉ!!」

大音声の雄たけびと共に黄龍の全身から妖気が迸(ほとばし)った。眩い光となって視覚化した彼の妖気が周囲の霧を打ち消し、吹き払い、宿の庭全体を覆っていく。次の瞬間、黄龍の足元から更に眩(まばゆ)い光の柱が伸び上がり、曇天の空を貫いた。

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