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2015年09月24日15:30

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折しも国会で云々

 安全保障法の改正がなされたから、こんな記事が出てくるのだろうが、

 私は、かなり当たり前だが、戦争などしてほしくない。

 中国が日本に対して戦端を開くことがない現状は、仮にそんなことをしても 「勝ち目がないから」 という理由は小さくない。もちろんほかに理由がないわけではない。 けれど、独立を望む地域には平気で軍隊を送って鎮圧を続けている国家体制を考えても、日本以外にもベトナムやフィリピンといった周辺国へ踏み込むことがないのは、 「協力して戦ってくれる世界中の国がいるから」 ほぼ勝ち目がない、のが実態と考えるからだろう。

 戦争を人殺しだとは思わないが、結果的に 「問題を暴力によって解決する」、という手法が、「お互いにとって幸せ」 であるケースは少なかろう。



 いわゆる「格闘技」は腕に自信のあるものが、より強いものにチャレンジしたい、という気持ちから出てくるものだから、戦争とは全然違う。




 戦争は、自分(自分たち)の利害に反するもの、を暴力で退ける。 という行為だから、
 やられた側、はたまらない。


 基本的には、もめ事は 「話し合い」 で解決すべきだし、一方が相手に損害を与えた場合は、悪い方が素直に謝って、損害を回復すべきだろう。

 ただ、世界情勢の中で、「誰が悪いか」 「どの国に責任があるか」 は見えにくい。

 太平洋戦争で、日本の主要都市がほとんど焼け野原になり、不法的侵略としか見えない北方領土を今でもロシアに獲られたままというのは、
 戦前の日本の政治が悪かったのは確かだろうが、日本政府や国民が一方的に悪いわけではなく、直接的には第一次世界大戦後の世界情勢の悪化の一環であって、その中で、戦争に巻き込まれていった、というのが、割と中立的な考え方だと思う。


 植民地政策を実行していたのは、日本だけではないし、現在でも正式には 「植民地」 という言葉を使っていなくても、実効支配している地域があったり、生活の糧となる財政基盤を、旧植民地をコントロールすることで得ている国家はある。

 そのような中で、政治の安定しない国家に属する人にも、人権はあるし、まして、彼らの意図とは無関係な暴力的行為によって怪我をしたり命を落とすようなことは、道義的には認められない。

 とは言え、日本の法律が及ぶ範囲は、日本の領土・領海・領空であって、これは地球上のほとんどの国で、そうする約束の上で成り立っているルールだから現状は認めるものだろう。


 今でも、戦争が継続している国があり、紛争が起こっている地域もある。
 幸い、というべきなのだろうか? 日本では銃を撃ち合うような戦闘行為はほとんどない。
 だからと言って、世界の問題を、知らないふり、をして過ごすというのは、ちょっと虫が良すぎる。

 虫が良すぎる理屈は、割と単純で、私たちが豊かな生活ができるのが、相対的に貧困に貶められる国家群があるから、あたりの事実を、なぜだかわからないが、日本では言わない約束らしい。



 中東の石油資源に関しても、先進国が 「おいしくいただいてきた」 。

 だから、多数の難民が発生した背景にも、実は日本にも責任がある。


 「安い石油があるから、売ってあげるよ」

 「はいはーい、是非売ってください」

 と返事するのと。

 「なんでそんなに安い値段で売れるの?」

 と、聞いてみるのは少し違う。



 「安い石油は、実はね、これこれこんな具合で、美味しくいただいているから」

 「本当だね、美味しくいただいちゃおう」

 と言って、いただいてきた。


 戦後の急激な経済発展、といっても、一度大きく壊されている関係上、数字的にはそう見えやすいだろう。むしろ、その経済発展の中で、基幹インフラとして 「鉄道」 の整備は借金をしてまで進めてきたが、 「はっ」 と 気が付くと、いらないところが多いね、 ということが、分かったら、あっさり切り捨ててしまう。

 そうして、重ねていく借金をどうやって返すの、その段階になったときに、「反対」 しかできない国民がいるのも事実。

 自分が可愛く、他人の幸せは余りにも軽いもの。

 そうであるべきなのかもしれないが、だったとしたら、憲法議論や、国政に参加する資格自体も制限されても仕方ないと思うところだろう。

 その事実が、前の衆議院選挙で、主たる野党の惨敗、と思える。


 平和を望む人は多いだろう。
 だが、その平和が、単に自分が平和な暮らしをしたいから、
 というのと、
 世界の人々が等しく幸せで、暮らしやすい社会で生きること
 と、考えるのは、全然違うこと。

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■日本国憲法 世界的に見て「突出」している部分とは
(dot. - 09月24日 07:11)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=173&from=diary&id=3630040

 日本国籍を持たない姜尚中さんにとっての、「日本国憲法」の意味とは。前文を朗読していただいて、その平和主義と理想について聞いた。

* * *
 実は、学生時代の私は日本国憲法に反感を持っていたんです。日本国籍を持っていない自分たちは、日本国憲法の外にいるというような意識があった。今から思うと斜に構えていたんですね。自分が日本の中に定着して家庭や職を持ったりして、やっぱり自分はここの在来種なんだ、という意識を持つようになって、国籍とかナショナリティーというものが相対化されました。それから憲法というのは大切なんだ、という意識を持ったんです。

 日本国憲法は世界的に見ても、「平和」に重きを置いた憲法として、非常に突出していると思っています。例えば、日本国憲法の前文には、「われらは、平和を維持し」と書かれ、さらには「われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する」と続きます。

 このように世界の憲法が皆、平和を何にもまして謳っているかといえばそうではありません。ドイツの憲法にあたる基本法の第1条に掲げられているのは「基本権」ですし、今回の難民受け入れも、それに基づく「庇護権」の尊重によるものです。このように憲法というのは国のあり方をよく表しているのです。戦争の悲惨さを知る日本国民にとって、日本国憲法は平和を第一に謳っているからこそ、受け入れやすかった。人権とか民主主義とか言う前に「平和があってはじめて生活ができるんだ」ということが実感として深く刻まれたのでしょう。

 この憲法を「押しつけ憲法だ」「日本語らしくない」と言う人がいますが、よく読むと明晰なんですよ。誰かの談話のように主語がなくて意味がわからないのではなく、「誰が」「どこで」「何を」「どのように」というような文章構成の必要条件を満たしていますから(笑)。

 日本の社会にいると、お互いにわかるだろうという気持ちになり、曖昧になりがちです。もちろん、それが良い面もありますが、だからといって憲法がそうであっていいはずがありません。私は人間の社会生活の中に、ひとつぐらいは明晰で主語述語関係や権利関係がはっきりとしたものを知っておくことも必要だと思うのです。その点で日本国憲法は格好の教材と言えるでしょう。
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