東北地方を始め大雨の危険が有る場所がまだまだ有りますが、千葉〜東京はようやく青空を見る事が出来ました。
私は被害を受けておりませんが、各地の被害には目を覆いたくなる思いです。
特に堤防決壊による被害が深刻な常総市、前職の紳士服専門店時代にもう少し取手寄りに半年ほどいた事が有ります。
早く復旧できますように
さて
地元の話です。
以前、川越の大祭に行った時、こんなお祭りが有るのは羨ましいといった事を書きましたが、船橋にも市などで行うようなお祭りばかりでなく、伝統有るお祭りが無い訳ではありません。
それが下総三山の七年祭です。
七年祭とは…
船橋市・千葉市・八千代市・習志野市の9神社の神輿が二宮神社境内に参拝に訪れる。
なお、二宮神社の御輿は船橋市田喜野井地区と習志野市藤崎地区でかつぐことになっており、禊祭の時には習志野市鷺沼地区に置かれることになっている。
各神社の神輿は二宮神社近くの神揃場に集まり、献幣の儀を行い二宮神社を参拝。
その後二宮、子守、子安、三代王の各神輿によって幕張海岸で磯出式が行われる。
その後6年おきになるが、数え7年目ごとに開催されるため「七年祭り」という名がつけられている。
正式には「三山の七年祭り」という。
550年以上の歴史があり、千葉県の無形民俗文化財にも指定されている。
祭りの起源については諸説あるが、一般的には室町時代の頃に馬加城主の千葉康胤が嫡子出産に際し、二宮神社、子安神社、子守神社、三代王神社の神主に馬加村(幕張)の浜辺で安産祈願をさせたことに由来するといわれ、1445年(文安2年)に現在の祭りにつながる磯出祭りが行われるようになったといわれている。
また、平安時代の頃に菅原道真のたたりを恐れた藤原時平の子孫が久々田(習志野市菊田神社付近)の入江に上陸、深山(船橋市三山)や高津 (八千代市)等に居住した際に、二宮神社の神主となり、地域を束ねるた際に始められたのが起源を持つとする説もある。
(Wikipediaより)
おぉっ
これはスゴい!
文中に登場する田喜野井地区とは、正に拙宅が有るところで、二宮神社までは徒歩15分くらいでしょうか。
9月の小祭と11月の大祭が有り、大祭は神輿の進む道に随分人出が有るようですが、二宮神社の中はさほど広い訳ではありません。
ここでそんなに人が集まって大丈夫なのだろうか?
気になります。
そして二宮神社だけで行われる小祭が今週有るよう…
スケジュールが合うので、こちらは覗いてみたいと思います。
前回は何をしていたのか…
ところで、この七年という呼び方ですが、「数えで七年」、つまり当年を1年として次回は7年目、実際は6年毎に行われます。
確か善光寺も同じだと思いますが、この数え年方式だと、毎年行う行事は2年毎と表現するのでしょうか?
なんだか不自然な気もしますが…
なんにしても、週末はしっかり晴れて欲しいもの。
今日も1900くらいに通り雨が有りましたし、晴れ間が広がっていても、まったく油断が出来ません。
終日雨が降らない日って、前回いつだっけ…?
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