写真集「Vivian Maier:Street Photgrapher」が、アマゾンから届いた。金曜の夜に、京橋のテアトル試写室にて、「ヴィヴィアン・マイヤーを探して」の試写会を観て、その日の夜(正確には、日付が変わって、土曜の早朝)アマゾンに発注し、昨夜、届いた。
確かに、一読して、クラシックで、つくづく、いい写真だなぁ・・とは思ったが、同時に、映画を観て、ヴィヴィアン・マイヤーという、特異な個人の存在を知らなければ、おそらく、この写真集をアマゾンに発注することもまた、なかっただろう・・とも。まさに、「縁」である。こうした「縁」が、集積され、私の周辺を、益々、豊かなものにしていくのだ。
アウトサイダー・アートの世界にはまったのも、現代アートの面白さに開花したのも、すべて、「縁」としかいいようがない、偶然の出会いがあったからで、そうでなければ、私は単なる古代文明好き、遺跡オタクのままだったろう。
古代メソアメリカの文化に濃厚な死のイメージと、それが、それを受け継ぎ、内包する、植民地時代以降のメキシコの文化への関心にもつながり、それが、偶然、書店の書棚で見つけた、小池寿子さんの紀行本を読んだことで、中世西欧の「死の舞踏」の世界への関心にも、つながっていく。これもまた、「縁」であろう。関心事の拡散は、専門分野にとっては、あるいは「敵」かもしれないが、私の関心はどんどん、外へ外へ・・と、拡がっていく。
私は、あるいは「何者」にもなれないかもしれないが、それはそれで、いいのだと、天才バカボンのパパもいっている(ような気がする)。
ログインしてコメントを確認・投稿する