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2015年07月12日22:00

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今日の「花燃ゆ」

今日からいよいよ「大奥編」に突入です。
(NHKはそのように言っているけど、本来「大奥」とは江戸城の将軍家のもので、果たして長州藩でも奥向きを大奥と称したのかどうかは疑問が残りますが)

ここで、もし話がそのいわゆる「大奥」という閉鎖世界の中にだけ入っていってしまったら、なんだかおもしろくなくなるんじゃないかと心配していました。
ま、文(今日から「美和」ですね)が毛利元徳の正室の女中であったことは史実だけにスルーはできないし、大丈夫かなあって思っていました。
でも、そんな心配は無用で、これまでと変わらず面白かったです。

ところで、その毛利元徳なんですが、この「元徳」という名は明治以降に使いだした名前で、この頃は定広と名乗っていたはずなんですけれどねえ。
伊藤利助も、いつまでたっても俊輔にならない。
松陰先生ご在世中に俊輔と改名しているはずです。

ちなみに毛利敬親の正室がなぜ国もとにいるのかということになりますが、武家諸法度では大名の妻子は江戸に住まわせられていたはずですからね。
でも、実はこの話の2年ほど前に幕府は大名の妻子の国元居住を認めており、大名の妻で夫の領国に初めて足を踏み入れた人もいたようです。
都美姫もその一人ですね。
演じていたのは松坂慶子で、あの「篤姫」の生島の姿を思い出しました。
松坂慶子ももう62歳なんですね。

ま、ともあれ、文=美和も松陰先生の妹、久坂玄瑞の妻という立場からようやく独り歩きを始めた回で、いわばこれからが本当の意味での「主役」になっていくでしょう。

さて、高杉の講和条約ですが、「花神」では中村雅俊演じる高杉がここでイギリスによる彦島の租借の申し出に関しては、延々と古事記の国生みの話を初めて、それを伊藤がたどたどしい英語に翻訳して、それが二日か三日も続いたので、イギリス側がとうとう根負けしてその話はうやむやになったという筋書きでした。
でも、このドラマではそんな話がみじんも出なかったので、あれはもしかして司馬遼太郎の創作だったのかなあと思って調べましたが、でも実際jにそういう言い伝えはあったようです。

ただ、そういう記録は全くなく、後に総理大臣になった伊藤博文が晩年に思い出話として語ったのが唯一の根拠なので、信憑性としては欠けるということでした。
だから、このドラマでは採用しなかったのでしょうか?
晩年といえば、日清戦争の講和条約の下関条約が締結されたのもこの下関においてであり、その時の全権大臣が伊藤博文だったのです。

賠償金に関しては攘夷の命令を出したのは幕府だから幕府が支払うべきだという高杉の言い分が通って、この後幕府は四カ国に賠償金を支払うことになりますが、支払いが終わらないうちに明治維新を迎えたので、結局は長州藩が柱となっている明治新政府が払うことになるのです。

さて、そろそろ高杉晋作の回天義挙ですね。
楽しみです。
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