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2015年05月24日22:20

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今日の「花燃ゆ」

久坂たちがついに将軍上洛を画策し、成功します。

しかしこの将軍上洛が、思わず副産物を生むのです。
つまり、それこそが新選組に他なりません。
新選組誕生のきっかけが、この将軍上洛の警護に当たるための幕府による浪士隊募集にあったからです。

前に松陰先生が亡くなったとき、昔の大河「花神」では高杉たちがそのご遺体を受け取り、その行列が将軍しか渡れない御成橋を渡ったシーンがあったはずと書きました。
今日、そのシーンが出てきましたね。
でも、墓を移すための御遺骨の行列ということで、実は「花神」でもそうだったのに私の記憶違いだったようです。
よく思い出せば幕府の役人にとがめられた時、「花神」の高杉は「あれは遺骨だ」と答えていました。
つまり、墓を移すからこそ遺骨だったんですね。

そして今日とでの将軍家茂の行列に向かっての、高杉の「よッ! 征夷大将軍!」の掛け声は「花神」でもあったし、「新撰組!」でもありました。
「花神」では「あれは天子様の行列だ。天子様への無礼ならとがめられもしようが、将軍に無礼をはたらいたからとて列を乱してとがめに来るはずはない」と、高杉は説明していました。
「よッ! 征夷大将軍!」の掛け声に「花神」の中村雅俊の高杉と今回の高良健吾の高杉の顔が重なりました。
でも、「新撰組!」では、高杉はその場で結成したばかりの新選組に追いかけられて逃げ切ったのでした。

高杉は、十年は休むと言って出家しましたが、ご存じのとおり、明治維新までもう十年もありません。
十年後はもうとっくに明治維新後になります。
でももうその時、高杉は…。

この出家した時の高杉の歌。
「西に行く 人を慕いて東行く 人の心を神や知るらん」
昔の西行法師にあやかって東行と号したのでした。
そしてこの出家で剃髪したのがきっかけで、この後高杉は現代的な、あの写真に残る散切り頭になっていくのですね。

時代の流れのテンポが「花神」よりも速い気がします。
「花神」は始まったのはこの「花燃ゆ」と同じくらいでしたけれど、12月の最後で明治維新でしたからわりとゆっくりとしたテンポでしたけれど、このドラマはきっと明治維新あとまで続くのだと期待しています。
だから、テンポが速いのでしょう。
何月ごろからでドラマは明治時代に突入するのでしょうか?
「八重の桜」では8月に会津戦争で、9月から明治時代でしたよね、たしか。

いよいよ藩主が山口に移りました。
これから後は藩の実権をだれが握るかによって、藩主の萩と山口の行ったり来たりが始まります。
松陰門下生中心の正義派にとっては山口こそその活躍の場となるわけで、だから維新後県の名も山口県となり、県庁所在地も萩ではなく山口となったのでしょうね。
萩と山口との間にはとうとう鉄道は敷かれず、もしどうしても鉄道で行きたいのならかなり遠回りして益田乗り換えとなります。
たいていの人はバスを利用します。

そのバスのルートを文と小田村との義理の兄妹の二人旅…ものすごい伏線…!

馬関戦争については、来週書きます。

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