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2015年04月26日00:50

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藤の花を見せたかっただけ。

藤の花を見せたかった。
一緒に、綺麗だねぇと言いたかった。



夕暮れ間近の買物帰り、
団地の駐車場へ入る道すがら
敷地内にある藤棚が満開を迎えていることに気が付いた。

母に、見せたかった。

急いで帰って、母に「見に行く?」と聞くと
「はい」
とうなずいた。

久しぶりに見る母の反応が嬉しくて
いそいそと、小忙しく着替えさせた。
日が暮れる前の寸暇の外出は、
エレベーターで地上に出て、団地をぐるりと半周すれば
藤棚に着く。

最後に靴下を履かせ、靴は端折った。
「車椅子で団地を一周するだけだから
靴は履かせなくてもいいか。」
と、日暮前の気ぜわしさの中、
母を抱いて車椅子に乗せた。

首が座らない赤ちゃんのように
母の姿勢が定まらない。
頼りなく傾く母の体を起こし起こし、車椅子を押す。

例年になく沢山の花を付けた藤が見事だった。
「綺麗だねぇ」と母を見ると、
眉間にしわを寄せるのが癖になっている母の表情に
いつもとちょっとだけ違う感じが見て取れ、
連れ出して良かったと、思った。

藤の花をひと房ちぎり、母にあげた。

風がひんやりしてきて、
「寒くなったから戻ろうね」
と、エレベータホールへ急いだ。

階段5段分のスロープを上る途中、
車椅子の足元に血がこぼれていることに気づいた。
振り向くと、私達が通ったあとに
血の点線が描かれていた。

驚いて母の足元を見ると
右足が、車椅子のフットステップの隙間から落ち
靴下が大きく破れ小指と薬指と中指から
血がドクドク流れていた。

「ああっ! どうして!
 どうして、痛いと言わなかったの!」
出した自分の声は、悲鳴に近かったと思う。
母が言葉を失ったのは、わかっている。
でも痛かったら、「あー」とか「うー」とか叫べばいいのに!

気づくのが遅れてごめんね、
ごめんね、ごめんね、ごめんね、ごめんね、ごめんね、ごめんね
ごめんね、ごめんね、ごめんね、ごめんね、ごめんね、ごめんね



救急隊員に、何度も何度も何度も状況を説明し
病院でも同じことを何度も何度も何度も説明した。


擦過程度が深く、3針縫い、破傷風の予防接種を受け
自宅に帰ったのは21時を過ぎていた。

テーブルに藤の花が置いてあった。


フォト


月曜にもう一度
外科と整形外科ににかかって下さいと言われた。

あの時、靴を履かせていれば。
車椅子に乗せた時、くにゃくにゃだった母の体を抱いて
機能がうんと落ちていたことに気づいていれば。

悔やんでも後の祭りだ。



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