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2015年03月12日12:13

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トライン「宇宙を貫く最高の真実」


トラインの翻訳書である吉田利子氏「人生の扉をひらく『万能の鍵』」(サンマーク出版)の第一章の冒頭は、次のような文で始まっています。

宇宙中心にある偉大な事実――それは、すべての背後には、「無限の生命と力のスピリット」が働いていてすべてを動かし、すべてを通じて、すべての中に現れている、 ということである。すべては、この自立した生命の原則から生じた。

すべてが生じたばかりではなく、いまも生じ続けている。個々の生命が存在するなら、個々の生命のもとなる限りない生命の源が存在しているはずだ。

愛という資質、愛という力が存在するなら、そのもととなる限りない愛の源が存在しているはずだし、知恵が存在するなら、そのもととなるあらゆる知恵の源が存在しているはずである。同じことは平和についてもいえるし、パワーにもいえるし、それにわたしたちが物質と呼ぶものにもいえることである。

そうだとすれば、すべての背後にある「無限の生命と力のスピリット」はすべての源なのである。

この無限のパワーが不変の法則を通じて創造し、作用し、支配している。そして、その力がわたしたちを取り巻く宇宙全体に貫かれているのだ。日常生活のあらゆる行動も、その偉大な法則と力が律している。道端に咲く花々は偉大な不変の法則に従って芽生え、育ち、咲き、枯れていく。天と地のあいだを舞う雪のひとひらひとひらも、偉大な法則に従って形づくられ、舞い落ち、消えていく・・・・・・・・。

ある意味では、壮大な宇宙にあるのはその法則だけだともいえる。 それが真理なら、その法則の背後に何らかの力があってさまざまな法則を生み出しているはずだし、その力はさまざまな法則よりもさらに偉大なもののはずだ。

すべての背後にあるその「無限の生命と力のスピリット」を、わたしたちは神と呼ぶ。呼び方は何でもかまわない。「優しい光」でも「恩寵」でも「偏在」でも、わかりやすい言葉なら何でもいい。

すべては神から生まれ、神のなかにあり、神でないものは何もない。したがって、わたしたいは、神のなかで生命を得て、動き、存在しているわけで、神は私たちの生命であり、人生そのものなのだ。

わたしたちは神から生命を授けられたのだし、いまも授けられ続けている。私たちは神の生命の一部なのだ。私たちは神とは違うが、それは私たちが個々のスピリットであるのに対し神はわたしたちすべても、わたしたち以外のすべても包み込む「無限のスピリット」であるからで、本質的には神の生命と人間の生命は同じひとつのものなのである。本質的な違いがあるわけではなく、それは程度の違いにすぎない。

・・・・・・・・以上。



昔読んだ谷口雅春氏の「生命の実相」に、「自分は神の子であって、自己の生命は神の霊である」という事に目覚めるのが、人間修養の根本原則である。
そのためには、暇さえあれば、例えば道を歩く時でも、
「神の子が今歩いている」、
「私の真性は神である。神こそ本当の私である。だから私は恐れない」、
と小声で言って、自覚を深めるようにしなさい。
この自覚の深まるにしたがって運命が開けてくると書いてあったと思います。

「生命の本質が神である」というトラインも、「自己の生命は神の霊である」と説く谷口雅春氏もまったく同じであると納得しました。



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