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2015年02月20日09:03

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カルロス4世の家族

「カルロス4世の家族」 1800-1801年
フランシスコ・デ・ゴヤ
280cm×336cm プラド美術館

「カンバセーション・ピース(Conversation Piece)」という言葉があります。対話のかけら、つまり会話するときの話のネタ、というほどの意味ですが、美術用語でもあります。主にイギリスで17・18世紀に流行した画題の一つで、「家族の肖像」と訳されたりします。ルキノ・ヴィスコンティの映画「家族の肖像」を思い出される方もいるでしょう。スティービー・ワンダーの曲にも同名のものがありますが、こちらの「ピース」は「Peace(平和)」で原意をもじったもの。
「カンバセーション・ピース」がどういった絵かというと、実在の複数の人物(家族や集団)が、理想化されていない姿で描かれるもので、絵の中の人物が会話を交わしているか、なんらかのコミュニケーションを行っている様子が描かれます。私的な場に飾られる、寸法もそう大きくないもので、今で言えば家族の記念集合写真のようなものです。プライベートに注文を受けて作られたものが多く、美術史に残るような有名なものはありませんが、ホガースの絵がその例と言えるでしょう。

今回の表紙の絵は18世紀末のスペインの王室を描いた宮廷画家ゴヤのもの。サイズも巨大で、いわゆるカンバセーション・ピースと呼ばれる範疇には入らないものですが、描かれた世界の雰囲気は家庭的な親密さがあり、登場人物も理想化されておらず野卑な相貌をそのままに、王家というよりどこでもいる家族のように描かれています。いかにもカンバセーション・ピース的な絵で、これはつまり、美術史の王道とも言える宮廷画に、逆にボトムアップで通俗画が影響を与えたと見ることが出来ます(それまで王族の肖像はたいてい単体で、「家族」揃って描かれる群像は稀でした)。

さて、この絵のタイトルは「カルロス4世の家族」ですが、見ての通り中心はその妻マリア・ルイサです。無能で怠惰な国王は、権力欲が強く狡猾な王妃の尻に完全に敷かれていたのです。マリア・ルイサは愛人ゴドイを宰相にし、国政をほしいままにします。この絵も、王家は自分の手の中にあるということを表すものとして、彼女は大変気に入っていたようです。ゴヤの筆は、王の愚鈍でお人好しな性格も、王妃の粗野で性悪な内面も、容赦なく描き出しているのですが。
画中に一人顔をそむけ誰だかわからない女性がいますが、これは皇太子フェルナンドの娶るであろう未来の后を想定して描いたもの。まだ決まっていなかったので顔がないのです。その隣の青衣の少年が皇太子です。
一見幸福そうなこの家族は、この絵が描かれた数年後に崩壊します。両親を軽蔑していた皇太子フェルナンドは、1808年に蜂起して王を退位させますが、その頃隆盛を極めたナポレオンの勢力に破れ、スペインはナポレオンの兄ジョゼフ(ホセ1世)のものとなります。1813年ナポレオン戦争が終息するとフェルナンド7世として復権しますが、彼は父親以上に暗愚でさらには信義にももとり、政治を混乱させるばかり。自堕落な生活を送って、晩年には父親そっくりに4番目の王妃マリア・クリスティーナに国政の実権を奪われます。遂にはスペイン史上最悪の王という、不名誉な称号が与えられることになるのです。見返してみると、絵に描かれた未来の后は王妃マリア・ルイサにそっくりで、ちょうど「次は私があなたの位置に立つわ」とばかりに王妃を睨みつけているようにも見え、暗示的です。

きらびやかな家族の肖像には、かくも下世話な好奇心を掻き立てる「話のネタ」がいっぱいで、まさしく「カンバセーション・ピース」と呼ぶに相応しい絵と言えます。
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