「酒祭り・花島喜世子」 1930年頃
長谷川利行
油彩 40.9×31.9cm 宮城県美術館蔵
絵には上手下手がありますが、近頃芸能人の中にはあまりに絵が下手なために、かえって芸術家のように扱われる人がいるようです。SMAP の草��剛さんや俳優の田辺誠一さん、東幹久さん、タレントのはいだしょうこさんなど、その突拍子もないまでの絵心の無さに皮肉を込めて「画伯」の称号が与えられているのです。素晴らしい彼らの作品を見たい方は、インターネットで名前の後に「画伯」と入れて画像検索してみてください。
下手な絵がかえって芸術的だと言われるようになったのは印象派のおかげです。マネやモネの描く、下絵のようないい加減な描き込みの作品が、一瞬を捉えていて素晴らしいと言われだし、その後セザンヌやゴッホ、マティスといった、基本的な絵の技術やデッサン力を無視した画家が、絵画の純粋性を追求しているとして当代一の芸術家と呼ばれるようになりました。加えて、写真の普及によって、見えるままに描き写すようなそれまでの絵画には価値がなくなっていったのです。
そうした外国のアートの流れを後追いする日本の洋画壇においても、アカデミックな画法に反旗を翻すような画家が多数現れます。その中でも代表格といえるのが今回の表紙絵の作者、長谷川利行です。
狂ったデッサン、乱暴なタッチ、稚拙な構図、単純ながらも濁った色彩、どれをとっても上手いと言えるところがないのですが、じっと見ていると、全体の雰囲気から何か巧緻を突き抜けた情趣を覚えます。子供のような無垢さに癒やされるような気分になりながらも、どこか不安を呼び起こす寂寥感がその絵の中には漂います。
長谷川利行は独学で絵画を始め、子供の描いたような絵を度々公募展に出品するも、落選を繰り返しました。それでも次第にマニアックな評価を受けるようになるのですが、絵が売れはしません。生活は知人に寄生するルンペンのようなもので、最期は行路病者を収容する養育院で人知れず49年の生涯を閉じます。その死はモディリアニを思わせますが、モディリアニのようなハンサムでもなく、美しい妻も当然いませんでした。死後、戦争を挟んで四半世紀を過ぎて漸く、無頼で破滅型の人生とあいまって、その作品が高い評価を受けるようになったのです。
この絵に描かれる花島喜世子は、浅草の劇場に出演していた演芸女優で、エノケンこと榎本健一の奥さんだった女性です。
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