mixiユーザー(id:51444815)

2015年02月18日23:01

135 view

MMRPGはじまりのはじまり 中篇

「まさか族長まで髭面のオッサンとは・・・」
「何期待してるんだよ、オイ・・・」

手短に族長に挨拶して帰宅を済ませた二人。旅の道連れ(物理的に、という事は伏せて)と伝えると族長も快く滞在を許してくれた。
月詠の自宅は点在する古民家の内の一戸。生家はもっと奥地だそうで、その家は族長から許可を得て借り受けているものだという。
家の中は、玄関を入ってすぐ脇に簡素な台所がある。その奥に一つ段差があり、二十畳ほどの木の床が広がっている。中央の囲炉裏以外は複雑な図式や文字が羅列された本や、得体の知れない薬品の材料などで埋め尽くされていた。家というより研究所のような様相だ。

「あ、テキトーに座ってくれていいから」

ちーほの肩から降りた月詠は囲炉裏端のすり鉢に駆け寄り、懐から出した木の枝のような物をゴリゴリし始めた。

「座れって言われても・・・」

仕方なく周りの物をどかそうと腰を屈めるちーほ。おもむろに、表紙を天井に向けて両開きになっている冊子を拾い上げる。すると真下から鴉の片翼のようなものが現れた。羽根でなく・・・翼。

ボサッ

拾われた本は当初の状態のまま床へ落下した。

「・・・僕は何も見ていない・・・僕は何も・・・」

口に出して自らに言い聞かせ、目を閉じてイメージの中の自分をより鮮明にする。

「よし、自己暗示が効いていた」

再度目を開けたちーほは、しかし再度自分で床スペースを作る気は起きなかった。君子危うきに近寄らず。パンドラの箱と分かっていて触れる馬鹿ではない。
助けを乞うように前を見るが、生憎家主はゴリゴリに夢中である。男は諦めのため息をつき、戸口を薄く開けて外を眺める事にした。日が暮れたら族長がオススメしてくれた夜の市というものに繰り出してみよう。

「月詠さん、夜の市の魅力ってどんなものなんです?」
「夜の市?あぁ〜・・・」

問いに反応した月詠の狐耳がパタッと動く。

「そうだなぁ、街灯がただの火じゃなくて狐火だったり、酒場とかも盛り上がるね〜」
「ほうほう」
「それと、仲間内で化け比べが始まったかと思えばそのまま周りの人まで巻き込んで、最後には太鼓は鳴らすわ笛は吹くわ、酒も肴(さかな)も出るわで大宴会状態だったり・・・」
「なんだか楽しそうですね」
「楽しいというか、ひたすらうるさいよね〜」

迷惑そうな声でぼやく月詠だか四本の尾は上機嫌そうに振られて床を叩いていた。その様子にちーほは薄い笑みを浮かべながら視線を外の方へ戻す。

「じゃあ、さっきから聞こえる祭囃子ってそれなんですかね?空に花火まで打ち上げて派手ですね〜」
「花火?今回やけに派手な事するなぁ・・・」

流石にきになった月詠が作業の手を置いてちーほの隣に駆け寄る。

「大体まだ日も沈みきってない内から何をそんなにはしゃいで・・・?!」

視線の先、先ほど二人が降りてきた山の上空が明滅していた。暁の空に時折細い糸のような光が見える。そしてこの腹の底まで響くような低い音は・・・。

「あれは花火じゃない・・・雷だ」
「雷?雨雲なんて1つもないのに?」
「私もよくわからないけど・・・危ないっ!!」

鋭い声が響き、ちーほの襟が勢いよく引っ張られた。直後、降り落ちてきた衝撃と閃光が二人の目の前を襲う。

「な・・・」

焼けた視界が回復した時、目の前に家の玄関は存在していなかった。落雷の衝撃で陥没した大地と、黒こげになった木材の残骸があるだけだ。

「ひぁぁぁぁ!!私の家ぇぇぇぇ!!」

ちーほの絶体絶命の危機を救った月詠が、背後で声にならない悲鳴をあげる。

「なんでなんでなんでなのさぁ?!」
「あ〜、ご愁傷様・・・でいいのかな?」
「よくないよ!!ここより背の高い木ならもっとたくさんあるじゃない?よりによってどうして私の家に落雷なんか・・・」

喚いていた妖狐の声が途切れる。ちーほが振り返ると、月詠は前方を凝視し唖然としている様子だった。視線を追うと、雷が連発している山の山頂付近に大きな漆黒の円が描かれている。

「『空離』の入り口・・・!でもあんな大きさって・・・」
「クウリ?」
「転移術。アレはそれを使う時に出現する、空間を繋げる門みたいなものだよ。普通なら術者の体格に合わせて発動されたかもわからないくらい瞬時に出て閉じるものなのに・・・山の大きさから換算してあの門は直径5メートルはある」

その言葉に、ちーほは月詠の心中を察して背筋が凍る。

「・・・それって、どんな化け物が出てくるんですかね・・・?」

その言葉が終わるか終らないかの内に漆黒の円から黄金色の巨大な生物が頭を突き出した。ワニのような頭部をしているが顎より上は白い毛が覆っており、頭頂からは二本の角が生えている。続く体躯は蛇のように長く、しかし刃物のように鋭い爪を持った四肢を備えていた。

「あ、れは・・・龍族?!」

絶句するちーほが呟くように、上空を浮遊するのは人類の想像する龍そのものだった。鱗と同じ黄金の双眸が、こちらを静かに見据えている。

「ど、どうしてかな?あの龍、ずっとこっちを見ている気がするんだけど」
「・・・・・・」
「・・・月詠さん?」

返事がない違和感に思わずちーほは視線を向ける。月詠は睨むように龍を見ていた。

「・・・ちーほ、村まで走って皆の手伝いをしてほしい。もう日暮れだし、村まで走ってる間に日が落ちるはず」
「でも月詠さんは―――」
「私の事はいいから!」

懸念の声を大声で遮る。あまりの声量に体をこわばらせた男に、驚かせてしまった事に気付いた月詠が謝罪の苦笑を向ける。

「大丈夫、ちーほには迷惑かけないからさ」

そう言うと、月詠は龍とちーほの間を遮るように立つ。小さな背中には反論も拒否も受け付けない頑(かたく)なさがあった。

「・・・わかりました」

ちーほは小さく返事をすると村の方へ走りだした。

「そう・・・おそらくアレは未熟だった私の『空離』の残滓を追って此処に来た。だから私に全部の責任がある」

月詠の妖気の放出で周囲の空気が歪む。

「だから私が止める!」

気合いの発破と同時にその場から月詠の姿は消えた。


※※※


月詠の家と一番賑やかしい露店街までの距離は1キロとなかったが、ちーほはへばっていた。しつこいまでに沈まない夕日のせいである。このようにとことん日に弱い彼であったが『日が沈む頃には』という月詠の予想を上回っての到着なのだから、精一杯の努力をしたと言えよう。
露店街は行き交う人化した妖狐達で溢れていた。しかし上空の龍に恐慌し、がむしゃらに逃げ惑っている訳ではない。商品を店から運び出したり、治療所から病人・怪我人を担ぎ出したり・・・目的意識を持って手際よく働いている。

「これは・・・」

予想とは別の意味で唖然としていると、ちーほはタルを運ぶ族長の姿に気づく。向こうも黒づくめな旅人の姿に気付いたようで、大きな手振りで手招きしてきた。
「おぉ旅の者!たしか・・・ちーたら!」

その言葉に現状以上の脱力感に襲われ、思わず膝に手をつく。

「ちーほですって・・・。それより、月詠さんに頼まれたんです。僕に何かお手伝い出来る事ってありますか?」
「んー・・・ないのぅ!」

族長はきっぱりと断った。

「こんな木の枝みたいなヒョロい男に重い荷運んでもらおうなぞ、ワシらの漢(おとこ)が廃(すた)らぁ!」
「うぅ・・・ひどい・・・」

まことに酷い言われようである。
肩を落とすちーほに、族長は担いでいたタルを降ろして自分の髭を撫でる。

「大体、おぬしには他にすべき事があるじゃろう。あの子がやるべき事をしとるようになぁ」

族長が見上げた空では山頂付近を蛇行する龍の姿が見える。時折吹きあがる火柱は月詠の攻撃だろう、龍は見事な弧を描いて避け、怒りの唸り声を轟かせる。

「族長、どうして彼女の手助けに行かないんですか?!これだけの妖狐の集団なら、龍の一匹くらい、倒すことは出来なくても追い払う事は出来そうですのに・・・」
「カカカカ、おぬしは気付いておらなんだか?此処にはほとんど力の強い妖狐は住んでおらん。尾の数は2,3本、変化の術が使える者が精々・・・という低級狐の集まる集落なのじゃ」
「でも月詠さんは―――」
「4本尾になっても居座っておるのはあの子位じゃて。此処が寂(さび)れていくのが心残りなのじゃろうなぁ。『空離』で異次元を繋げる無茶をしてまで、移動距離を短縮させ一時でも長く此処に居ようとしておる」

族長は一瞬ちーほを見やり、頭を下げた。突然の行動にちーほは慌てる。

「ぞ、族長さんいきなり何を・・・」
「旅の者、月詠をこの里から連れ出してやってくれんか?」
「え・・・?」
「本来妖狐は放浪癖と探求心の強い種族。あの子の欲求もこんな狭い場所では満たされん。あそれにアレじゃ・・・此処は老後を楽しむ場で、若いモンは正直・・・邪魔なんじゃよ」
「そんな事言って〜、自分の孫みたいに可愛がってるクセn−−−ブッ!」

ニヤついた笑みを浮かべて茶化しにきた金髪のオッサンが、族長の尾の一撃ではたき飛ばされる。

「ウォッホン!・・・そもそも、おぬしも普通の人間ではなかろうて。おおよそ半々・・・と言ったところか?」

耳元に寄せられた族長の囁きにちーほは体を強張らせた。

「ど、どうしてそれを・・・」
「カカカ、他の者とは違いワシは半分犬の血も入っておってなぁ・・・他の者とは嗅ぎ分けの性能が違うんじゃよ」

族長の低い声と共に、足元で長く長く伸びていた影が闇に溶けた。

「・・・さて、年寄りの長話に付き合わせたせいで、日もすっかり落ちてしもうたのぅ」

肩の荷が下りたかのように明るい声を出す族長を前に、ちーほはまだ悩んでいた。

「・・・いいんですか?自分で言うのもなんですが、こんな僕にお任せして」
「半分のおぬしが最終的にどっちに転びたいのかは知らんが、きっとおぬしの役に立つじゃろうて。不要と思うなら捨て置いても構わん。頼みたいのは、あの子が此処を出発するまでじゃ」
「・・・わかりました。その任、受けましょう」
「有難いのぅ・・・」

笑む族長に一礼してちーほは闇の中を駆けだす。気力を奪われ脱力する様子は、もう見受けられない。

「ゆけ、ちーかま!」
「・・・ちーほですって!!」

ツッコミも冴えていた。


※※※


「はぁ、はぁ」

樹上に降り立った月詠は息を切らしながら上空の龍を睨む。ひらめく巫女服は所々破れや焦げ目が目立ち、妖狐自身も土やススにまみれていた。
自宅から見た時もその巨体には度肝を抜かされたが、目の前にしてみると更にその強大さが顕著になる。黄金色の鱗の鎧に包まれた全長はおよそ10m以上。巨体というものはそれだけで武器になる。五指の生えた前足で握られるだけで月詠の小さな命は終わってしまう事だろう。
宝石のような黄金の瞳からは生憎龍の表情は読み取れない。しかし辺りで鳴り響く雷鳴のような唸り声からして相手は怒っている。すごく怒っている。

「心当たりはある・・・けど、こっちも引き返す訳にはいかないんだな!」

月詠は『空離』を用いて瞬時に龍の背へと移動する。狐の4つの尾先に火の玉が揺らめいた。

「くらえ!『火行、火炎乱舞!』」

振られた尾から放たれた火炎が連なり、火の帯となって龍の背中を燃やす。術を放ったと同時に月詠は後方の空中へ飛び退きつつ、腕に嵌めた呪具『火輪(かりん)』に触れる。

「立て続けぇ!風剣乱舞!」

呪具で増した妖気が風の刃を生み、火の海の中へ着弾する。空気の塊を放り込まれた火炎はたちまち勢いを増し、大爆発を起こして空を煙の白と火の朱で染め上げた。

「やった!」

落下の勢いにバタバタと巫女服を煽られつつ、月詠は歓喜の声を上げる。

「風と火の複合技!火炎の威力は6倍にも膨らんで・・・!」

見上げていた白煙が瞬いた。一瞬の判断で月詠は『空離』を使用。残像を雷撃が切り裂く!

「っぶな・・・!」

月詠は先程の地点にほど近い木の頂上に降り立っていた。隣で雷撃に打たれた樹木が黒炭となって煙を上げている。

「き、効いてない、っぽい・・・?」

冷や汗を浮かべて見上げた頭上、煙の間隙(かんげき)から黄金の瞳と視線がかち合った。
居場所がバレている。
そう気付いた時、金の颶風(ぐふう)が前方から迫って来るのが見えた。こちらの位置を完全に捕捉した尾の一撃だ。が、視線に気を取られた分対処が遅れてしまい・・・『空離』が・・・間に合わない。

「くっ・・・ぅあぁぁぁぁぁ!!」

咄嗟に五芒星の障壁を築いたが、完成間に合わず龍尾が一蹴!山に連なった巨木を次々と薙ぎ払い、空に高々と土煙を巻き上げた一撃は、小さな妖狐など軽々と吹き飛ばした。

「か・・・はっ・・・」

宙に跳ね飛ばされた月詠は衝撃の重さに息をつくのもままならない。痛みと混乱で思考が定まらない。どうすればいいのか、何をしたいのか。それさえも浮かばず、頭は視界に映った映像をあるがままに説明するだけだった。
尾の一撃で一緒に飛ばされた木片や石が辺りを舞っている。どれかで額を切ったのだろうか、右の視界だけが赤い。
浮いていた身体はやがて重力に従い高度を下げてくる。運の悪い事に向かう先には大岩があった。あれにぶつかれば痛いだろうな・・・・・・痛いで済むのだろうか・・・?
まぁ、目を瞑っていればすぐに終わる事だろう。痛みが一瞬で済むのなら、それは逆に幸運な事なのかもしれない。
・・・しかし、いつまでたっても恐れていた痛みはやってこなかった。代わりに感じたのは、まるで布団にでも包まれたかのような柔らかい感触と、浮き上がる感覚。

「ふぇ・・・?」

自分はとうとう極楽に登っているのだろうか?衝突の痛みを感じなくさせてくれるとは、極楽の使者も粋な事をしてくれる。ついでに、今感じている戦いでの傷の痛みも消してくれればいいのに。

「黙れ馬鹿野郎共!不可抗力つってんだろ!そこ、ヒューヒューじゃねぇ!てめぇら後で殺す!死んでるけど殺す!」

―――・・・・・・この使者、口悪ぃぃぃぃ!!!―――

「・・・というかこの声、聞き覚えあるような・・・」

しかし、よく知った声の持ち主はこんな物言いをしなかったし、そもそも村人達の所へ逃がしたはずなのだから此処に居るはずはないし・・・。

「・・・・・・」

なんだか考えるのが馬鹿らしくなってきて、月詠は意識を暗転に任せることにした。




(続く
・・・っち、300字オーバーで一万字超えやがったので分割)


3 2

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する