「戦う民主主義（ストライベリ・デモクラティ）」という言葉がある。民主主義を否定する自由は認め図、断固戦うという考えだ。ドイツでナチスに関しては絶対的否定が強要されるその根拠となっているものだ。
民主主義とは国民の自由な意思決定によって国政を運営する政治体制のことだ。そのためには当然、国民に思想の自由・言論の自由・表現の自由を保障しなければならない。しかし、こと民主主義を否定する自由に関しては除外される。一見矛盾しているようだが、逆にそれまで自由にしたらその自由自体が壊れてしまうという現実的な問題を踏まえての矛盾と言える。自由を捨てる自由は無いのだ。それが「戦う民主主義」の基本的な考え方と言える。かつてワイマール共和国は先駆的な民主主義国家として「戦わない」民主主義を標榜し、それによって民主的に成立したナチスの暴走を許してしまったというドイツの苦い経験から来るものだ。
しかし日本の場合はそうした立場はとっていない。基本的には憲法だって廃止できる仕組みになっている（憲法改正によって）。それでもやはり、民主主義を担保する選挙については、否定することが許されない空気がある。投票しないのは非国民だ的な。この空気というやつは日本特有のイドの怪物で、対象が特定されないから議論にもならない。いっそ戦う民主主義を採用して、無投票は民主主義を否定する行為として処罰するとすればスッキリするというものだが。
さて、今日は衆議院選挙の投票日だったが、例のごとく僕は投票に行かなかった。今回に関しては、定数格差に対して政府が司法からの2度にもわたる勧告に従わず抜本的改革を怠ったことに対し、容認することになりかねない投票行為は控えるとの意味も加わったが、そうでなくても自分の選挙区に自分の政治的志向を託せる候補者を見出すことは出来そうになかった。文字通り「誰がなってもかまわない」と思っている。それがアドルフ・ヒトラーでも鳩山由紀夫でも。
実際一議員がどんなに危険でもどんなに無能でも、日本の政治システムでは個人にそれほど影響力は無い。天皇制のある日本ではヒトラーもナポレオンも生まれない（カリスマ性にシーリングがあるのだ）。それだからこそ日本の自由民主主義は戦わなくても保たれるのだと思う。
今回、低投票率が予想された選挙に対し、多くの有識者から投票の呼びかけがなされた。そこで言われていることは「投票しないと民主主義は成立しない」「投票こそ政治参加だ」ということに尽きる。ネットでそうした意見をいろいろ読んだが、なるほどとうならせるようなものは皆無で、どれも民主主義という大前提のためにそれが機能しているというフリをしましょうと言っているように見えた。基本的な理念と実際に行われているシステムに断絶があるという事実に言及せず、あたかも投票行為が意見を反映させる唯一にして有効な手段だと言っている気がした。
確かに議会制民主主義においては、投票行為以外、庶民には何の政治的行為は存在しないのだ。あとは封建制度の頃同様「恐れ多くも」とへりくだって議員様に陳情するくらいしかない。陳情に従うかどうかは議員様の胸先三寸だ。隔靴掻痒に痺れをきたした庶民はデモを行うだろう。デモは許されているが、それが政治システムにおいては大して価値がないことは沖縄を見ていればよく分かる。今回の翁長氏の知事当選のような選挙勝利につながって初めてデモは成果となる。でも、敗れた仲井真氏だってかつては基地移設反対派だったのだから，デモや投票が政治を決定しているわけではないことはわかるだろう。
先日、在特会の桜井氏と橋下大阪市長の口喧嘩がネットを賑わしたが、この元となるのはヘイトスピーチなどではなく、デモ自体が目障りだからやめろという行政側の主張なのだと思う（この件についての訴訟も、司法はヘイトスピーチの表現内容には踏み込まず、デモが業務を妨害しているという意味での有罪判決を下したようだ）。実際橋下市長は再三「だったら政治家になってやれ」と桜井氏を煽っていた。デモは何のアンガージュマンにもならないのだと言いたかったのだろう。実際効果が無いということは、アンガージュマンを叫びプラカードを掲げてデモ行進した晩年のサルトルの昔からその通りだ。
投票行為と政治実現には深い溝があり、デモのような政治主張は封殺される。本気で政治を変えたいと思うなら自ら政治家になるより手段はない。だが政治家になるためにはその世界の約束事に従わなければならない。その約束事は政治を（急速には）変えるな、というものだ。
政治というのは時代や情勢のドラスティックな変化がない限り変わらないものなのだ。投票ごときで変わるわけがない。なのにあたかも投票行為が政治を決定しているとうそぶくのは欺瞞ではないだろうか。投票で変わるのはせいぜい村山社会党政権や鳩山民主党政権を誕生させる程度のイレギュラーをもたらすだけで、そんなものは民主主義特有の「無駄な手続き」でしかないのではないか。
今回の選挙も、まったくもって「無駄な手続き」という気がしてならない。
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