映画「春を背負って」を観てきました。
その感想は、正直言ってダメだな…と
私の中では5段階で1くらい。
既存の小説を映画化する場合、原作と同じ話でなくても良いと思いますが、これは原作にヒントを得た全く別の話という印象でした。
そしてラストで2人が手を取り合うのも、何やら唐突で違和感を感じます。
ここでラブストーリー的な展開は、焦点がボケるだけで、蛇足なのではないでしょうか。
その方が一般にウケるという事かもしれませんが…
そう言えば、同じ事は「岳」でも感じました。
この映画の舞台は立山ですが、原作の舞台は奥秩父の梓小屋。
東の甲武信ヶ岳と西の国師ヶ岳を結ぶ、長い稜線の途中に有ります。
人気者の東西の山に対し、目立つピークは無くまた距離も長いため、まことに地味なエリアです。
昨年更に西に有る瑞牆山から金峰山、金峰山から甲武信ヶ岳まで歩きましたが、国師ヶ岳までは大勢いた人が、ここを越えたとたんパタリと減り、甲武信ヶ岳直前の千曲川源流コースとの分岐まで、数人の方とすれ違ったたけでした。
もっとも先日歩いた転付峠〜笊ヶ岳〜椹島の道に比べれば、それでも人が多いと言える訳ですが、奥秩父主脈の中で、ここだけポッカリと人が少ないのは確かでしょう。
この時私が昼食を摂ったのが東梓という狭いピークで、梓小屋はこの辺りに有るという設定と思われます。
東梓周辺では眺望は大して望めませんし、見えたとしても、森林限界を越えた3000m近い立山とは比べるべくも有りません。
多くの人を対象とする映画では、地味な奥秩父ではなく、「誰が見ても美しい」立山にする必要が有ったのでしょうか。
しかしスクリーン上で立山の美しさが十分に描かれていたかと言えば、こちらも今ひとつ。
花や雷鳥は出てきましたが、それより見渡す限りの山々の空間的拡がりこそが、ここの美しさの本質だと思います。
残念ながら、これはスクリーンからは感じられませんでした。
これでは、なんのために立山を舞台にしたのやら…
さて
不満はこれくらいにして、作中の山小屋は、実在の大汝休憩所が使われています。
この大汝休憩所、宿泊も可能ですが、名前のとおり休憩所です。
何年か前、劔岳から立山を縦走した際に宿泊しました。
周囲の劔御前小屋、剣山荘、劔沢小屋、真砂沢小屋などが満員なのに、こちらはゆったりしたもので、泊まりは私含めて5人だけ。
小屋番の方は、仙人のような雰囲気の方で、皆で結構夜遅くまで話し込んでおりました(゜∀゜)ノ
今にして思えば、小屋で周りの方と話すのを楽しみにするようになったのはこの時から。
また行ってみたいですが、今年は映画に感化された人でいっぱいでしょう。
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