カゴメのバイト

　自動車部品の工場に仕事が決まる前、二週間ほどカゴメでアルバイトをしました。

　お中元やお歳暮のカゴメ製品の詰め合わせ、あれは機械で詰めているものだと思っていたのですけど、実はひたすら人の手でやっているのでした。詰め合わせの種類はけっこう多いし、箱も違うし、わりと短いサイクルで違うセットに切り換えたりするので、機械でやろうとすると意外と高くつくのかもしれません。

　箱詰め自体はもっぱら女性の仕事でして、男は個別の商品が詰められ運ばれてきた箱をミシン目に沿って裂き（この作業を「剥く」といいます）、女性陣が詰められるように次々と補充するのがメインとなります。でもって、日毎に顔ぶれが変わる単発の派遣仕事ですから、いちいち誰それの名前なんて憶えてられません。というわけで、男は外見の年齢に関わりなく、十把一絡げに「お兄さん」と呼ばれるのでした。私が知る限り、そこは最も「お兄さん」が連呼される空間でした。個別商品の箱のミシン目をきちんと裂かないまま補充すると、キツ目の美人から、「お兄さん、ちゃんと剥いてっ！」と叱られるという、たまらん人にはたまらん職場だったような気がしなくもなくはありません。

　作業自体はこれ以上ないほどに単純だったので、とにかくテンポは速かったです。なので、肉体的には、むしろ、工場よりこちらの方がきつかったぐらいです。６月ごろでしたが、発汗量が半端でなくて、これはいままでの水筒ではまったく足らんと思って、１．５リットルのものを新しく買い求めたぐらいです。それでも足らなくて、からからに乾いた舌を湿らそうと思って上の顎にぺたりとつけたのに、そこも乾ききっていて、別のところに変な冷たい汗をかいたような気がしたぐらいでした。でも、なにも考えずに（なにかを考えるような余裕もなく）頭を真っ白にして作業に没頭できるのは、けっこうありがたかったです。この仕事も、もちろん、よく眠れました。
　カゴメの商品が控え室の冷蔵庫に入れてあって、一人一個まで飲めました。どれでも同じようなもんだろうと思って適当にとって飲んでみたら、ごぼうのジュースだったときには少しく悶絶しましたが。ごぼうのジュースは土の香りが残りすぎでした。

　場所は東海道沿い、鶴見区の生麦でした。生麦というと、抜き身の日本刀を手にした鹿児島県人が走り回り、外国人を見つけるやいなや奇声を発して血祭りにあげてそうなイメージがありますがそんなことはなく（このネタ、前にも使ったな）、各社の流通拠点が集まっています。カゴメの他に、高島屋やキリンなんかも目にしました。けっこう遠くて片道１時間２０分ぐらいかかる上に、出勤ラッシュを外そうとするとさらに早く出る必要があって、拘束時間自体はかなり長かったです。あと、単発の仕事ですから仕方がないのですけど、交通費が自前なので、せっかく出ても毎日４０分ぐらいは交通費のために働く羽目になったりしてました。

　意外なのは作業場所に私物が一切持ち込み禁止なこと。メモぐらいはとらんといかんだろうと思ってポケットに入れていたら、それも駄目だと言われました。それから、手から血が出てないかのチェックがやたら厳重なこと。たしかに箱を剥くとき、慣れないと爪を引っ掛けて血がにじむことがあります。私が休んだ日のことでしたが、血が出たまま何も言わずにラインから外れた人がいたらしくて、後で数時間分の詰め合わせの箱を開けてチェックすることになったそうです。たしかに贈答品に血がついていたら気分は良くないですから、仕方ないところでしょう。

　そんなこんなで悪いバイトではなかったのですが、最近、派遣法が改められて単発の仕事でも、派遣会社にバイトの身分を保障させようとすることになったのですけど（多分）、派遣会社がそんなコストを負担するはずもなく、抜け道として同居していなくてもいいから近親者に扶養されていることになってくれと言われ、面倒くさいので「じゃあ、それで」ということにしておきましたけど、なんだかなあという感じではあります。ひたすら単発の仕事をこなしていく、というのも常に新鮮な気持ちで取り組めそうでおもしろい気がしたのですが、現行の制度ではおおやけにそれでやっていくのは難しいのかもしれません。

　そういえば、箱詰めの女性のなかに、なんでこんな人がここにいるんだろうと思うぐらいきれいな人がいたので（前述のキツ目の美人とはまた別の人。おっとりタイプ）、お中元にカゴメの詰め合わせをもらった人は、そのあたりにも想像（妄想）をふくらませながら味わわれるのもまた一興かと。