mixiユーザー(id:809109)
2013年06月24日21:22
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「木下惠介」 と書くときの些細なモンダイ ── あるいは、「惠」 と 「恵」 の筆順。
見た映画の記録をつける習慣がある。
題名
監督名
主演俳優、１人ないし２人
上映映画館
フィルムの種類 （16ミリ／DCP などの場合の特記）
当日上映されたフィルムの状態 （変色、キズ、音など）
こうした点を記録する。あとで、映画について書く場合、どこで見たのかが意外に重要になることが多い。
また、状態の悪いフィルム、16ミリやデジタル上映などで見た場合、のちに、35ミリのニュープリント上映があれば、ぜひ見たいわけで、前回、どういう状態のフィルムを見たかが重要なのだな。
…………………………
こうした情報は、小さいノートに手書きである。
で、意外にやっかいなのが、監督や俳優の名前には、旧字と新字が混在する点だ。
木下惠介監督
のように、「惠」 で書くのが常識の場合もあるし、
河��直美監督
のように、当人に何らかのコダワリがあって、正字を使っている場合もある。
その一方で、
成��巳喜男監督
のように、映画のクレジットには正字が使われているのに、出版物では、まったく、新字で通されている名前もある。
こうしたものは、一種の慣習みたいなものだ。
噺家の名前でも、
三遊亭圓生／三遊亭圓歌
のように、「圓」 の字は、正字を使うのが一般的なのだが、
「三遊亭圓楽」 とは書いても、なぜか、「三遊亭圓樂」 とは書かない。
なぜか？と問われてもわからない。習慣である。
…………………………
モンダイは、ごく些細なことである。
【恵】 と 【惠】
である。
先ほど申し上げたとおり、映画関係の出版物では、「木下惠介」 とするのが普通だ。さらに、
高橋惠子さん
のように、わざわざ芸名を正字に改めている人もいる。
で、いつも、【恵】 と 【惠】 の筆順で、じゃっかんイラッとするのであるよ。
…………………………
別に、「正しい筆順はどうだっけ？」 というようなことではない。
と言うか、文字を書く以上は、何らかの筆順を選ばなければならない。プリンタじゃあ、ないわけで、正しいとか、間違っている、とかにかかわらず、一筆々々書かなければならない。
文字というのは、無意識に書いている。ところが、【恵】 と 【惠】 の切り替えで、意識が必要になり、「ん、どうだっけ？」 となり、「ワチャワチャ」 となり、「イライラッ」 となるわけだ。
もう一度言うけれども、正しいとか、間違いとか、そういうのではなく、どちらかというと、
曜日によって、工事現場の位置が変わるので、
駅までの道筋が、ややこしくなる
のに似ている。
…………………………
【惠】 という字の筆順はカンタンである。 【虫】 と同じ構造だと思えばよい。
【惠】 一 ＞ 日 ＞ ム ＞ 心
となる。これ以外に書きようがない。
モンダイは 【恵】 のほうだ。慣用が２通りある。
(a) 【恵】 一 ＞ 日 ＞ ｜ ＞ 心
(b) 【恵】 一 ＞ 冂 ＞ ｜ ＞ 二 ＞ 心
である。
先日、【冂】 の中に 【土】 が入る場合は、
【由・田】 冂 ＞ ｜ ＞ 二
だと申し上げた。だとすれば、 (b) の慣用しかないハズなのだが、これには草書とのややこしい関係がある。
…………………………
【恵】 の正字は 【惠】 で、これが 「康煕字典体」 （こうきじてんたい） でもあるし、
戦後の日本以外、「簡体中国」、「台湾」、「香港」、「韓国」
いずれの地域でも、正字の 【惠】 を用いている
のだが、実は、
楷書として由緒があるのは、日本で使っている 【恵】
なのであるよ。ややこしいね。
日本の戦後の新字体というのは、ヒトクセも、フタクセもあって、
清代の 「康煕字典」 によって、「正字ではない」 とされながらも、
古代から 「楷書体」 として用いられていた
伝統的な字形を復活させた場合
があるかと思えば、
伝統的な 「楷書体」 から 【丶】 や 【一】 などを
勝手に省略した場当たり的な字形の場合
もある、のだナ。これが無秩序に混在していて始末に悪い。
【恵／惠】 の場合は、中国の書の大家である 「王羲之」 （おうぎし） にしても、「顔真卿」 （がんしんけい） にしても、楷書として用いているのは 【恵】 のほうなのだ。つまり、楷書では、もともと、清代の 「康煕字典」 が正しい字形とする 【惠】 の 【ム】 の部分は省略されていたわけだ。
毎度、申し上げるとおり、「楷書」 は、「草書・行書」 から生じたものだ。
【惠】 の草書体は、実は、たいていの日本人が知っている字形だ。
【ゑ】
である。戦前まで使われていた 「ワ行」 の we である。
なんだか、 【る】 の下に 【灬】 が付いているような字だが、
【る】 の部分は 【𤰔】 の草書
【灬】 の部分は 【心】 の草書
である。
【田】 の草書の原理は
【田】 ｜ ＞ つ ＞ ｜ ＞ 一
である。わかりにくいが、
先に 【口】 を書いてしまい、
【〆】 のごとく、
45度の角度の縦棒 【／】 を書いたあと、
また、45度の角度の横棒 【＼】 を書く
のであるよ。ややこしいようだが、
ひらがなの 【ゆ】 は 【由】 の草書
である。 【ゆ】 の頭を突き抜けないようにすれば、 【田】 の草書になるのだナ。
…………………………
また、草書の場合、
【る】 は 【𣄼】 の部分のみにあたる。
ここから 【る】 を縦に貫いて 【ノ】 を引き、【心】 につなげる。
ここで、 【恵】 という字の “オキテ破り” の筆順の起源がわかったと思う。要は、
草書や行書の運筆のなごり
なのであるよ。
…………………………
話をまとめると、
――――――――――――――――――――――――――――――
書の伝統的な 【恵】 の筆順では、
【𤰔】 が下に突き抜けているのと同じと見なすので、
縦棒 【｜】 が最後になり 【心】 につながる
――――――――――――――――――――――――――――――
のであるネ。それが、
――――――――――――――――――――――――――――――
正字とされる 【惠】 の筆順と、偶然、同じになる
――――――――――――――――――――――――――――――
のであるよ。
つまり、
――――――――――――――――――――――――――――――
【惠】、【恵】 は、いずれも、単純に、
縦棒 【｜】 を最後に書けばいい
――――――――――――――――――――――――――――――
のである。ややこしいことに惑わされる必要はない、のである。
ところが、【由】 などの筆順のクセが、つい出てしまい、
【惠】 と 【恵】 の筆順を、うっかり、別々にしてしまう
のだな。
もう一度、申し上げるけれども、【恵】 の筆順の慣用としては、どちらでもいい、ということになっている。つまり、
「うっかりした」 と言っても 「間違えた」 ということではない
のである。
クドクドとまとめるけれども、 【惠】 と 【恵】 の筆順は、 【𤰔】 まで、まったく同じでいいのである。いいのであるが、 【恵】 のほうの順番を、一般的な筆順の法則どおり、変えてもいいのである。
このややこしい話、わかっただろうか？
…………………………
要するに、いつもは、どこかで工事をやっているので、駅までの道筋を変えなければいけないんだが、ふと、気づくと、
今日は、すべての工事が休止の日
なので、どこを通ってもいい、のである。
どこを通ってもいい、と言っても、どこかを通らなければならない。
駅まで、何も考えずに歩きたいのに、
余計な自由があるばっかりに、
どっちを歩くべきか、ついつい考えてしまう
…………………………
「木下惠介」、「木村惠吾」、「関根恵子」、「高橋惠子」 などとペンを走らせるとき、ついつい、こういう小さなモンダイが思い起こされて、おそらく、０コンマ何秒という、ごく短い時間、ペンが逡巡するわけだ。
どっちでもいい、というのは、それは、それで、また、モンダイなわけで。
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