日曜日のの 「笑点」 の演芸は、漫才の
エルシャラカーニ
でげした。
…………………………
以前から、アラビア語みたいなコンビ名だと思っていたが、
実際、アラビア語
だそうだ。漫才の冒頭を再録すると、
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山本しろう 「エルシャラカーニって、エジプト人の名前なんすよ」
セイワ太一 「そうなんですよね」
山本 「ほんとうにある名前で、ボクの、っていうか、相方の、彼の相方の、彼がボクか、ボクの相方の……」
太一 「大丈夫か、おまえは」 (どつく)
山本 「あかん、コトバにできない」
太一 「小田和正か、オマエは、それかアホか、どっちかや」
山本 「お、小田和正のほうで」
太一 「そっちじゃないねや…… ボクの姉のダンナですね。その人の名前が、モハメド・エルシャラカーニっていうエジプト人なんです」
山本 「そうなんです」
太一 「そっから名前いただいてるっていう、あんま、覚えられない名前かもしれないですけど、お願いいたします」
山本 「え、お願いします」
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まあ、こういうことらしい。
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じゃあ、アラビア語で 「エルシャラカーニ」 って、どう書くのか、推測してみよう、っていうのが、今回のテーマでゲス。
まずね、「エル」 ってのはアラビア語の定冠詞です。
ال と書き、正則アラビア語音 (全アラビア語圏の共通語) では [ʔæl] とか [ʔɑɫ] と発音します。カタカナに写すと 「アル」 ですね。「アル=ジャジーラ」 とか、「アル=カーイダ」 の 「アル」 です。
この定冠詞は、口語 (各地の方言アラビア語) では、通例、 el 「エル」 とか、 il 「イル」 と発音されます。
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するってえと、
シャラカーニ
が残りますナ。先日も申し上げましたが、アラビア語圏の人たちには、たいてい、姓がありません。
自分の名前 父親の名前 祖父の名前
で名乗るのが一般的です。「自分の名前+父親の名前」 で名乗ることも多いですが、アラビア語の名前は種類が多くないので、これだと、あまりに同姓同名ばかりになってしまいます。
この他に、最後に 「ニスバ」 を付ける場合があります。これは、その人物の
出身部族、もしくは、出身地
をもとにする 「姓」 に似たものですが、同じ部族や、同じ町の出身者は、全員、ニスバが同じになるので、氏族を単位とした中国や朝鮮の姓や、家を単位とした日本の名字とは異なったものであります。
「ニスバ」 の作り方は、
al (定冠詞) + 部族名/地名 + ī(yu)
※ (yu) は、標準アラビア語でも、口語では発音が落ちる語尾
となりやす。これは、実質的には、
「定冠詞」 + 「部族名/地名」 の形容詞形
であり、「部族名/地名」 の形容詞を名詞として用い、「〜人」 という名詞をつくり、それに、「定冠詞」 をつけて、当人を特定している、という構造です。わかりやすく英語風にいうなら、「ロンドン出身者」 や 「ニューヨーク出身者」 の名前の最後に、
the Londoner
the New Yorker
と付けるようなものです。
サッダーム・フセインのフルネームは、
صدام حسين عبد المجيد التكريتي
Ṣaddām Ḥusayn ʻAbdu-l-Majīd al-Tikrītī
[さッˈダーム ふˈサイン ァアブドゥるマˈヂード アッティクリーˈティー ]
とされていますが、「サッダーム」 が本人の名前、「フサイン」 が父親の名前、「アブドゥルマジード」 が祖父の名前で、
「アッティクリーティー」 が地名からつくられたニスバ
であります。
出身が 「ティクリート」 Tikrīt تكريت という都市なので、
تكريت Tikrīt(un) [ティクˈリート] 都市名
+
ي -ī(yun) [〜イー] 形容詞語尾
↓
تكريتي Tikrītī(yun) [ティクリーˈティー] 「ティクリートの/ティクリート人」
↓
التكريتي at-Tikrītī(yu) [アッティクリーˈティー] 「そのティクリート人」
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何が言いたいか、と申しますと、
エルシャラカーニ
というのが、正しくは 「アル=シャラカーニー」 のことだとすると、「ニスバ」 の可能性がある、ということであります。
するってえと、「シャラカーン」 という部族名もしくは地名があることになる。実在するなら、ネット検索でヒットするハズでがしょう。
「シャラカーン」 を検索すると言っても
「ラ」 には l と r の2つがあり、
「カ」 には k と q の2つ、ことによると、 kh も入れて3つ
の可能性があります。アラビア語というのは、母音が少ないかわりに、子音がやたらに多いんですナ。
可能性は、
sh - l - k
sh - l - q
sh - l - kh
sh - r - k
sh - r - q
sh - r - kh
の6通りになりやす。2×3=6ですな。
こういう場合、逆にアラビア語は便利なんすナ。母音を表記する必要がないんで、子音文字だけ並べて、実在するかどうか確認すればよろしい。いっそのこと、定冠詞と形容詞語尾も付けて検索してみやしょう。
検索する単語は長いほうがよろしい。偶然、同綴の単語を排除できるからでヤンス。さらに、ニスバであることを特定するため、アラビア語できわめてポピュラーな男子名である محمد muḥammad [ムˈはンマド] も付けてみやしょう。
【 SH - L - K 】
محمد الشلكاني muḥammad ash-shalakānī …… 存在しない
الشلكاني ash-shalakānī …… 26件
شلكاني shalakānī …… 18件
【 SH - L - Q 】
محمد الشلقاني muḥammad ash-shalaqānī …… 4,160件
الشلقاني ash-shalaqānī …… 29,400件
شلقاني shalaqānī …… 6,470件
【 SH - L - KH 】
محمد شلخاني muḥammad ash-shalakhānī …… 16件
الشلخاني ash-shalakhānī …… 6件
شلخاني shalakhānī …… 6件
【 SH - R - K 】
محمد الشركاني muḥammad ash-sharakānī …… 3件
الشركاني ash-sharakānī …… 6,650件
شركاني sharakānī …… 931件
【 SH - R - Q 】
محمد الشرقاني muḥammad ash-sharaqānī …… 509件
الشرقاني ash-sharaqānī …… 6,320件
شرقاني sharaqānī …… 2,750件
【 SH - R - KH 】
محمد الشرخاني muḥammad ash-sharakhānī …… 存在しない
الشرخاني ash-sharakhānī …… 2,060件
شرخاني sharakhānī …… 407件
ちょっと驚きましたねぇ。該当する 「ニスバ」 がこれほど多いとは。
ash-Shalaqānī …… 4,160件
ash-Sharaqānī …… 509件
ash-Shalakhānī …… 16件
ash-Sharakānī …… 3件
つまり、「シャラカーニ」 が 「シャラカーニー」 の転訛とするなら、この4つの可能性があり、現実的に言うなら、前二者の可能性があるでガショウ。
…………………………
しかし、ここまでの推論は、アラビア文字に書かれていない 「短母音」 が a である、という前提に立って運んできました。しかし、実際には、
a / i / u / ゼロ母音
の4通りがあるわけです。どうしたらよいか。こういうバヤイは、このアラビア語原綴を検索して、URL や、外国向けのアドレスなどに、ラテン文字転写がないかどうか確かめるんすな。すると、次のような例が見つかります。
ash-Shalaqānī …… Shalakany
ash-Sharaqānī …… Ash Sharqānī
そして、前者はエジプトと関係があり、後者はイエメンの地名と関係があることがわかりやす。後者は、イエメンなうえに、「シャルカーニー」 と a が1つ足りないんですな。 r のあとがゼロ母音らしい。後者の可能性は否定すべきでありましょう。
…………………………
別の可能性も探ってみやしょう。
アラビア語の名前には、「ラカブ」 というものもありやす。
これは、一種の尊称で、その人の身体的特徴や、隠喩などによって、名前に付されたもので、それが、代々、家名のように受け継がれている場合がありやす。
これは、「アダ名」 的なもので、個人的な尊称ですんで、定冠詞が付きます。
al (定冠詞) + 名詞
という構成を取りますんで、「エルシャラカーニ」 の最後が 「〜ニー」 でないとすると、この 「ラカブ」 の可能性がありやす。
…………………………
知っておいてもらいたいのは、アラビア語っていうのは、
外来語や、擬音語 (4語根) を除いて、
ほとんどの語が、3つの子音 (語根) からなる
動詞を基礎に派生する、ってこと
なんすね。アラビア語では、調べたい単語の綴りを、そのまま辞書で探しても単語は出てまいりませぬ。
定冠詞、接頭辞、接尾辞
を取り除いた語幹の部分から、根幹になる3つの子音を見つけ出す必要がある。先ほど申し上げたように、3つの子音さえ特定してしまえば、単語は探しやすいんであります。
…………………………
「シャラカーニ」 には子音が4つありやす。すなわち、
まだ、1音節の接頭辞か、接尾辞が付いている
ということであります。
実際、「〜アーニ」 というのは、
“双数” というアラビア語に特徴的な
「数の範疇」 を表す接尾辞
なんす。アラビア語には、
単数 …… 1つのもの
双数 …… 2つのもの、対のもの
複数 …… 3つ以上のもの
という3種類の数の範疇があるんですナ。
するってえと、このエジプト人の姓 (ラカブか) は双数形の可能性がありやす。
アラビア語の固有名詞には、ときおり、この双数形のものがありやす。双数形は、
-āni [〜アーニ] 主格 (〜は)
-aini [〜アイニ] 属格、対格 (〜の、〜を)
という語尾を取ります。ただし、口語では -ēn [〜エーン] となりやす。おそらく、対格 -aini から、
-aini [〜アイニ] 正則アラビア語音 (文語音)
↓
*-ain [〜アイン]
↓
-ēn [〜エーン]
となったものでありましょう。たとえば、「バーレーン」 という国は、アラビア語で、
البحرين al-baḥrain [アる=バふˈライン] 正則口語音
と言います。これは、
مملكة البحرين mamlakatu l-baḥraini [ˈマムらカトゥ る=バふˈライニ]
という正則文語音の 【「バフラーニ」 の 「王国」】 という属格による、後ろから前への修飾句の
後ろの 「属格形」 の名詞を、主格の名詞として使ったもの
なんすね。
بحران baḥrāni [バふˈラーニ]
というのは、
بحر baḥr(un) [ˈバふル] 「海、大河」
という単語の双数形です。つまり、
baḥrāni 「バフラーニ」 は “2つの海”
という意味でありますナ。
この baḥrāni “2つ海” という語の属格 (所有格) が、
baḥraini [バふˈライニ] 「2つの海の」
であります。これが、もっとも厳格なアラビア語による 「バーレーン」 の語形であります。
これの正則アラビア語口語音が、
baḥrain [バふˈライン]
で、通例、アラビア語世界で通用する標準語音でありますナ。
で、これの民衆口語形、言い換えると、方言口語形が、
baḥrēn [バふˈレーン]
です。 ḥ ح という子音は外国人にとってムズカしく、また、フランス人、イタリア人などにとっては、そもそも、[h] 音じたいが存在しないし、英米人にとっても、
bah のように音節末に h 音が来る発音はできないので、
けっきょくのところ、
Bahrain [bɑ:ˈreɪn] [バーˈレイン] 英音
になってしまい、日本語で 「バーレーン」 となるわけであります。
…………………………
話をもとに戻しますと、もし双数形だとすると、「シャラカーニ」 というのは、文語音であることがわかります。つまり、もっとも厳格な発音を伝えている。
アラビア語というのは、つねに、
全アラビア語世界で通用する 「標準語」 (正則アラビア語) と
地域ごとの口語である 「方言」 (アーンミーヤ)
の2階建ての言語で、それは、日本語に置き換えるなら、
「森鷗外の日本語」 と
「夏目漱石の日本語」 ほどの違いがある
のであります。それは、アラビア語を学ぶときの、ひじょうに厄介な問題なのであり、学習者を混乱させるモトなのでもあります。
同じ単語でも、“発話レベル” によって、発音や語尾のカタチが違うのであります。
つまり、「シャラカーニ」 というのは、格式張って、森鷗外風に名乗っていることになります。しかし、定冠詞は al- ではなく、口語音の el- で名乗っているあたり、発音のレベルがゴチャマゼなんでありまして、これは、アラビア語話者全員が言語学者でもないかぎり、どうにもならない問題と言えます。
すなわち、このへんに、
カタカナで写されたアラビア語の原綴を特定するのがムズカシイ
理由があるんですナ。
…………………………
「〜アーニ」 が双数語尾とすると、語幹は 「シャラカ」 になります。3子音が残りました。ところが、
「ラ」 には l と r の2つがあり、
「カ」 には k と q の2つ、ことによると、 kh も入れて3つ
の可能性があります。このクダリは先ほど 「ニスバ」 の可能性を探る段階でもやりましたナ。
で、先ほどと同じく、ありうる組合せの可能性は、
sh - l - k
sh - l - q
sh - l - kh
sh - r - k
sh - r - q
sh - r - kh
の6通りになりやす。2×3=6ですな。
こういう子音の組合せとなると、アラビア語の辞典のほうが検索しやすい、という理由がわかりやしょう。あいだにどんな母音が入るかは無視できるんでやす。
で、調べましたゾ。
sh - l - k 存在せず
sh - l - q 「縦方向に割る」
shalaq(un) 「干し草の俵」
sh - l - kh 存在せず
sh - r - k 「参加する」
sharak(un) 「罠」
sh - r - q 「(日が)昇る」
sharq(un) 「日の出、東」
sh - r - kh 「(子どもから)青年になる/割れる」
sharkh(un) 「青春/割れ目」
ここからどうしたらいいか?
ワリと単純でやす。それぞれ、
al-shalaqāni 「2つの干し草の俵」
al-sharakāni 「2つの罠」
al-sharqāni 「2つの日の出」
al-sharkhāni 「2つの青春/割れ目」
という語をアラビア文字の綴りにして、Google で検索してみればいいんでやすね。
その際に、この姓の前に محمد muḥammad [ムˈはンマド] を付けるんですナ。先ほどと同じです。
では、実際にやってみやしょう。
محمد الشلقان muḥammad al-shalaqāni
「2つの干し草の俵」…… 7,160件
محمد الشركان muḥammad al-sharakāni
「2つの罠」…… なし
محمد الشرقان muḥammad al-sharqāni
「2つの日の出」…… 22件
محمد الشرخان muḥammad al-sharkhāni
「2つの青春/割れ目」…… なし
オモシロイですなあ。2つの候補が残りました。というより、実在しましたなぁ。
アラビア語には、「2つの干し草の俵」 と 「2つの日の出」 という姓 (ラカブか) があるらしい。
ところが、前者は 「アルシャラカーニ」 ですが、後者は 「アルシャルカーニ」 なんですな。
sharaq という単語がなかったので、sharq を当ててみた
のです。つまり、「2つの日の出」 のほうが蓋然性が低い。また、
ヒット数から見ても 「2つの干し草の俵」
のほうが可能性が高い、と言えます。
…………………………
先ほどの 「ニスバ」 と仮定した場合、そして、「ラカブ」 と仮定した場合、その両方をまとめてみやしょう。
実際、セイワ太一さんのお姉さんのダンナさんの名前は、「モハメド・エルシャラカーニ」 であるわけですから、そのアラビア語の原綴には、次の2つが考えられます。
محمد الشلقان muḥammadu sh-shalaqāni …… 7,160件
[ムˈはンマドゥッ・シャらˈかーニ]
「2つの干し草の俵」 というラカブ
محمد الشلقاني muḥammadu sh-shalaqānī …… 4,160件
[ムˈはンマドゥッ・シャらかーˈニー]
「シャラカーン族・人」 とういニスバ
ということになりますナ。
…………………………
実は、両者の違いは、たった1文字です。最後に ي “ヤー” があるかないか、たったそれだけです。「シャラカーン族」 とか、「シャラカーン人」 というのも、語源は、やはり、「干し草の俵」 でしょう。
語末に ي があるかないか、それは、ご当人に確認しないとわかりまへん。
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