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ちょいと 「ガルバンゾ」 という名前が気になりまして。
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だいたい、「ガルバンゾ」 が 「がんばるぞ」 のアナグラムだから、面白いんでしょう。
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ヨーロッパの多くの食材と同様に、「ひよこまめ」 も、中世にイスラーム圏から伝わったものかと思っていましたが、そうではなかった。ひじょうに古くからヨーロッパで食されていたらしいんですね。
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中石器時代の南フランス、青銅器時代のイタリア・ギリシャなどで 「ひよこまめ」 が知られていた証拠があるようです。
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実際、古典語に 「ひよこまめ」 を指す単語が、厳然として存在します。
ἐρέβινθος erébinthos [ エˈレビンとス ] 古典ギリシャ語
cicer [ ˈキケル ] 古典ラテン語
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オモシロイのは、このラテン語の cicer 「キケル」 なんすね。
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ラテン語やギリシャ語は、 -ōn 「〜オーン」 という接尾辞を付けると 「愛称・アダ名」 ができます。たとえば、
πλάτος plátos [ プˈらトス ] 「広さ、幅」
↓
Πλάτων Plátōn [ プˈらトーン ] 「広ちゃん、幅さん」
※伝記作家によれば、「肩幅が広いヤツ」 という意味だった、という。
ἀγαθός agathós [ アガˈとス ] 「人が良い、善良な」
↓
Ἀγάθων Agáthōn [ アˈガとーン ] 「いいヤツ、良ちゃん」
というぐあいです。
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古代ギリシャ人は 「個人名」 のみしか持たず、父称を添えることで個人を区別したようですが、貴族階級のローマ人は、
個人名 氏族名 家族名
という3つの名前を持っていました。
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「氏族名」 と 「家族名」 は、日本人からすると、少し理解しにくいんですが、
氏族名=先祖を一にする大きな血族
家族名=同じ氏族の中の、個々の家族が名乗る名
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実は、明治以前の日本の支配階級にも、似たような2系統があり、それぞれ、「姓」、「名字」 と称していました。
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たとえば、京の町に住む公家は、藤原ばかりだったのですが、それでは個々の家の区別ができないので、屋敷がどの通りに面しているかによって、「〜小路」 と名乗りました。だから、なんか、「〜小路」 という名字を聞くと、貴族な感じがするんですね。
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徳川家康は、文書などに正式に署名する場合、
源家康 (みなもとの いえやす)
※「姓+名」 は読むときに “の” が入る
と名乗っていました。これは、
武家の名乗る 「名字」 というものが、本来、所領名を冠した通称
に過ぎなかったからです。現代日本では、
古代日本で発生した氏族名
天皇に下賜される姓 …… 姓
公家が名乗った通称
武家が名乗った所領名 …… 名字
庶民が名乗った小地名
といった、まったくレベルの違うものが、明治の新時代の到来とともに、ひどく乱暴に同じものとして扱われ、
姓+名
という、戸籍に記載される 「姓」 というものに統一されてしまったんですね。
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ローマ人の 「氏族名」 と 「家族名」 は、京の公家の名乗った 「姓」 と 「通称」 の関係に似ています。そのため、
ローマ人の 「家族名」 は “アダ名” が多い
んですね。それぞれの家族の 「家長の特徴」 が “家族名” になった。
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たとえば、
Caesar [ ˈカイサル ]
は caesariēs [ カイˈサリエース ] 「もじゃもじゃの髪の毛」 に由来する、という説があります。
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また、現代イタリア人の姓にも多い Basso 「バッソ」 のラテン語形である Bassus [ ˈバッスス ] は “ずんぐりむっくりした男” という、アダ名に由来する家族名でした。
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「キケロー」 と言えば、古代ローマの雄弁家として、たいていのヒトは耳にしたことがありましょう。実は、このキケローが、
「ヒヨコマメみたいなヤツ」
というアダ名に由来する “家族名” だったんすね。
cicer [ ˈキケル ] 「ひよこまめ」
+
-ōn [ 〜オーン ] アダ名をつくる接尾辞
↓
Cicerōn [ キˈケローン ] 「ヒヨコマメくん」
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ただし、古典ラテン語は、語末に -ōn が立てず、 -n が脱落し、斜格で n が復活します。
Cicerō [ ˈキケロー ] 「キケローは」
Cicerōnis [ キケˈローニス ] 「キケローの」
Cicerōnī [ キケˈローニー ] 「キケローに」
Cicerōnem [ キケˈローネム ] 「キケローを」
Cicerōne [ キケˈローネ ] 「キケローから」
Cicerō [ ˈキケロー ] 「キケローよ
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キケローの名は、現代ロマンス諸語で、
Cicéron [ スィセˈロん ] フランス語
Cicerone [ チチェˈローネ ] イタリア語
Cicerón [ すぃせˈロン ] スペイン語
のように言いますが、これは、
ラテン語の 「対格形」 が、現代ロマンス諸語の 「主格」 になる
からです。名詞というのは、ほとんどの文章で 「対格」 で現れます。そのため、名詞の曲用 (語尾変化) が消滅すると、もっとも使われる回数の多かった 「対格形」 が残ってしまったんですね。
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古フランス語における 「ひよこまめ」 の初出は13世紀です。それ以前に、フランスにヒヨコマメがなかったわけではなく、フランス語が文字で書かれなかっただけです。つまり、フランス語は民衆の話しコトバで、文字に書かれるのは中世ラテン語でした。
cice [ ˈツィツァ ]
[ˈtsitsə] 13世紀
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これは、ラテン語 cicer の -r が落ちたものです。古典ラテン語の cicer は、
cicer [ ˈキケル ] 「ひよこまめは」
ciceris [ ˈキケリス ] 「ひよこまめの」
cicerī [ ˈキケリー ] 「ひよこまめに」
cicer [ ˈキケル ] 「ひよこまめを」
cicere [ ˈキケレ ] 「ひよこまめから」
cicer [ ˈキケル ] 「ひよこまめよ」
と変化しました。つまり、この変化 (第3変化という、少々、不規則な変化) では、
主格=対格= cicer
であるために、俗ラテン語 (民衆のラテン語) では -r が消滅してしまったんです。現代イタリア語でも、
cece [ ˈチェーチェ ] 「ひよこまめ」 イタリア語
と言います。やはり、 -r がありません。イタリア語のばあい、アクセントのある短い i が 「狭いエ」 [ e ] に格下げになります。これは、ロマンス諸語で、ラテン語の高さアクセントが、強さアクセントへ移行したことに付随して起こった現象です。
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いずれの場合も、 [ k ] のあとに [ i ]、[ e ] が続く場合、硬口蓋化が起こりました。すなわち、
[ k ] → [ tʃ ] イタリア語
[ k ] → [ ts ] → [ s ] フランス語
という変化で、そのため、イタリア語では 「チェーチェ」 となるのです。
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フランス語のばあい、実は、「ひよこまめ」 は、
*cice [ ˈスィス ]
となるべきでした。実際、13世紀には cice 「ツィツァ」 だったわけですから。ところが、現代フランス語では、
chiche [ ˈシシュ ] 「ひよこまめ」 フランス語
と言います。
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実は、古フランス語に cice 「ツィツァ」 (ひよこまめ) というコトバがあったいっぽうで、
chiche [ ˈチチャ ] 「ケチな、しみったれな」
というコトバが併存しました。おそらく、ここが混淆したのだろうと考えられます。つまり、
cice 「ツィツァ」 “ひよこまめ”
chiche 「チチャ」 “ケチな”
というアナロジーです。おそらく、中世フランスでは、「ひよこまめ」 という食材が、“つましい食べ物” と考えられていたんでしょう。そのため、中期フランス語では、すでに、
chiche [ ˈシシュ ] “ケチな/ひよこまめ” 中期フランス語
となってしまっていました。それで、歴史的な音韻変化としてはありえない現代語形ができてしまったのです。
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話は、もういっぱい、面白い方向へ進みます。
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英語では、「ひよこまめ」 を chickpea と言いますが、中期英語では、
chiche [ チッチ ]
cheche [ チェッチ ]
と呼ばれていたようです。これは、フランス語からの借用ですが、 ch を 「チ」 で発音するのは、1つ古い時代の音です。
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これに、類概念である 「豆」 が付いたのは 「チッチ」、「チェッチ」 という語が、短くて日常語としてまぎらわしかったからでしょう。
chich-pease 16世紀なかばの初出
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英語の 「豆」 という単語は、もともと pease 「ピース」 でしたが、複数形と誤解されて、
pea [ ˈピー ] 「豆、エンドウ豆」
pease [ ˈピース ] <古語> 「エンドウ豆」
ということになりました。
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さらに、 pease 「豆」 の前にある chich 「チッチ」 がナンのことかわからなくなって、
chick [ ˈチック ] 「ひよこ」
と誤解されました。かくして、
chick-pea [ ˈチックˌピー ] 「ひよこまめ」 1712年の英語
となります。
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日本に、いつ、「ひよこまめ」 が入ってきたのか、はっきりしませんでしたが、
「ひよこまめ」 という名前は、英語において誤って変化した
chick-pea というコトバを、そのまま、和訳したもの
であるのは明らかです。
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かくして、キケローの語源ともなったラテン語彙は、
フランス語における 「ひよこまめ」 と 「ケチ」 の混同、
英語における、フランス語の 「ケチ」 と英語の 「ひよこ」 の混同
が重なって、「ひよこまめ」 という、実は、この豆の本質とはナンの関係もない和名に落ち着いてしまったわけです。
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いっぽう、「ガルバンゾ」 ですが、これは、どうやら、スペイン語の
garbanzo [ ガルˈバンそ ]
を日本人が、誤ってローマ字読みしたものらしい。スペイン語本来の音は、
[ɡaɾˈbanθo] [ ガルˈバンそ ] スペイン本国
[ɡaɾˈbanso ] [ ガルˈバンソ ] 中南米
です。スペイン語では、 n と s のあいだに渡り音が発生しないので、「ガルバンツォ」 のようにさえ、なりません。日本人が、外国語ふうに 「ガルバンゾ」 と言ったとしても、その発音は、
[ɡaɾˈbandzo] [ ガルˈバンヅォ ]
なので、スペイン語圏でも通用しない可能性があります。
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「ガルバンソ」 という、ラテン語に由来しないスペイン語の呼び名は、イベリア半島の基層言語 (ローマに征服される以前に話されていた土着の言語) から来ている可能性が指摘されています。
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それは、すなわち、イベリア半島の系統不明の言語 (土着言語の生き残りの可能性がある) であるバスク語で、「ひよこまめ」 を、
garbantzu [ ガルバンツゥ ]
と言うからです。スペイン語の z は、古くは [ ts ] と発音されました。
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バスク語には、ラテン語からの借用語もあり、
txitxirio [ チチリオ ] 「ひよこまめ」 バスク語
と言います。 c が tx [ tʃ ] 音に変じており、これが借用されたのが、かなり後世のラテン語からであることがわかります。
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また、 garbantzu というバスク語彙は、
garau [ ガラウ ] 「種」
antzu [ アンツゥ ] 「乾いた」
というふうに解釈されているようです。つまり、「ガルバンゾ」 は、バスク語の “乾いた種” ということになります。
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