mixiユーザー(id:809122)

2011年07月15日11:32

36 view

CSR

株主総会の季節です。
 この時期に株主総会が集中するのは、日本では3月決算の会社が多く、決算から3ヶ月以内に開かなければならないと会社法にあるから、と思われがちですが、実は3ヶ月以内というのは株主名簿を決定する「基準日」からで、その基準日を多くの企業が決算日としているのは、単に慣例によるものに過ぎないそうです。

開催日を横並びにして、よからぬ者を出席しづらくする総会屋対策、というのが理由だという話もあります。しかし、会社の最高の意思決定の場である会議に、株主が出席しづらい方策を採るというのは本末転倒も甚だしい話です。会社のオーナーは株主です。株主総会とは、そのオーナーが会社の実際の運営執行機関である取締役会に対し、自らの意思を直接表明する場。であれば、それを妨げるのは背任行為とさえ言えるのではないでしょうか。
そういう反省からか、近頃はなるべく多くの株主に参加してもらおうと、土日に開催したり有名人を招いてショーアップする株主総会もあるようです。

 会社は株主のものであり株は会社の所有権である、というのは法律で定められた事実であり、世界の常識なのですが、日本では少し違和感があるかもしれません。日本のある大臣は「会社は株主のものであるというのは誤り」と公然と否定したりもしています。多くの一般の会社員もまた、ロイヤリティ(帰属心・忠誠心)を持つ会社を自分たちのものだと信じて疑わず、トレーディングで利ざやを稼いでいるような株主が本当の所有者なのだと言われても、受け入れがたいのではないでしょうか。

 確かに法律上は会社は株主のものなのですが、会社が社会の中で存立するということは、法律を超えた理念の部分も含まれます。利潤追求は営利企業の第一目的かもしれませんが、儲けるためだけに会社があるわけではありません。会社は社会の中で一定の役割・責任を背負っているのです。

 それを指す「CSR」という言葉が、今世紀になり特に取りざたされるようになりました。「企業の社会的責任」(Corporate Social Responsibility)の略語です。CSR活動というと、単純に会社が行う利益を目的としない慈善事業(寄付、フィランソロピー、メセナなど)と誤解されがちですが、実際は雇用や納税も含む、会社が行う社会に影響を及ぼす全ての活動を指します。そして全ての利害関係者に対し、会社はその責任を負っているのです。この利害関係者は「ステークホルダー」と呼ばれ、それが意味するのは、社員や株主、取引相手、顧客ばかりでなく、近隣住民や社会全体、さらには子孫や地球環境にまで広げて考えることができます。

 横文字ばかりが並びましたが、実はこうした考え方は日本では古来からあったのです。
江戸時代活躍した近江商人の訓戒は、「三方良し」と言って、売り手、買い手、世間の三者にとって「良い」商売をしろというものでした。同じく江戸時代の思想家、石田梅岩は「実の商人は、先も立、我も立つことを思うなり」と説き、儒学に基づく倫理観が商人には必要だとしました。
商売(ビジネス)には、そうした目先にとどまらない視点と、社会に根ざすという前提が必要と言う事で、これはまさしく今日言われるCSRの思想そのものです。

そうした認識が日本人に浸透しているからこそ、会社のあり方も自然と「社会の中の責任ある存在」という相互的関係性で捉えられ、「誰かの物」という単純な見方に対して違和感を覚えてしまうのかもしれません。
日本から世界に冠たる国際企業をあまた輩出するに至ったのも、そうした会社観が予め共有されていたからであり、それは江戸時代からの商人文化の底流があったればこそなのでしょう。

 先にオーナーが自らの意思を表明できる唯一の場が株主総会であると書きましたが、そう考えていくと、本当は自分の意見を言う場ではなく、オーナーが会社の進むべき道を決定すべく、自分たち以外のステークホルダーに思いを致すのが、株主総会という場の真の姿と言えるのかもしれません。

 さて、そうであれば、先般行われた各電力会社の株主総会など、議決権を盾に原発継続を決めたその姿勢というのは、CSRにかなったものだったのかどうか。みなさん(当然ながらステークホルダーである)はどう思われるでしょう。
0 1

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する