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2010年10月09日19:50

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今日は読書。Part0025



 ここのところ、急に涼しくなってきて秋らしくなってきました。ちょっと嬉しい。とにかく、今年は暑かったからね。暑い夏よりマッタリ秋ってえのがおいらの好みなんでなんかかいい事ありそうな気がしてるけど、どんなもんかね。さてと、今日のお題は津本陽「異形の将軍 田中角栄の生涯」。この前、ひょんな事で見つけて読んでみた。いや、面白かった。著者津本陽氏は織田信長の生涯を描いた「下天は夢か」などの作品で知られる歴史小説家。その津本さんが「戦後日本政治のキーマン」田中角栄の伝記小説を書いたのがちょっと意外性があって興味を引いた。
よく知られているように、故田中角栄元総理は別名「コンピューター付ブルドーザー」と言われた、戦後政治を代表する自民党の党人政治家で毀誉変貌の激しい人。しかし、其の影響力は今現在も絶大で、民主党の鳩山前総理や小沢前幹事長、岡田現幹事長、羽田元総理、自民党の故小渕元総理、橋本元総理、故竹下元総理、故金丸元副総理はこの人の元子分。総理大臣級がゴロゴロいる。だが、この人の事は書く人によって評価が両極端に分かれるので今ひとつ立体的な理解が出来づらかったんだけど、この本読んでだいぶわかってきた。

 物語はまず、ロッキード選挙の圧勝から始まる。そして、新潟の雪深い村の一男四女の貧しい一家に生まれた少年の奮闘物語へと続く。頭は良かったが貧しさゆえに進学できなかった少年は小学校を卒業すると青雲の志を抱いて東京を目指す。紹介されたはずの理研の大河内子爵の屋敷を「殿様は留守でございます」と放り出され、放浪の末に土建屋の小僧さんとして住み込みの仕事を見つけ、夜学を掛け持ちして一級建築士資格を取り、再び大河内子爵を訪ねて理研の門を叩く。運良く子爵の知遇を受けた少年は自ら土建屋を立ち上げるが徴兵で満州へ。先任兵の暴力に苦しめられるが下士や上官には可愛がられる。だが気候の変化に耐えられず肺病を患い生死の境を彷徨う事に、幸い内地に移送され軍病院で治療を受けて一命をとりとめ除隊する。娑婆へもどった角栄は土建会社坂本組の後取り娘はなを娶り、今まで以上の馬力を発揮、手練手管を使って主に理研の工場建設等の受注を獲得。終戦時に韓国での軍需工場建設費に絡んで莫大な戦時利得を手にする(推定1500万円現在の価値にして約150億円)。そして、其の直後から角栄は政治の世界へと深入りしてゆく。

 まず、進歩党(戦前の独裁政党大政翼賛会の後身、後に民主党と改名し、自由党と合併して自由民主党を結成)の大麻唯男に党首選の資金を提供し、選挙に出るよう勧められる。が、しかし選挙直前に親分と仰いだ大麻唯男がGHQ(占領軍総司令部)に追放されてしまい一人取り残された角栄は回りにタカリまくられた挙句に選挙に惨敗、落選してしまう。そこで一念発起、翌年の選挙では後に「田中方式」とか「地上戦」とか呼ばれるようになる地べたを這いずりまわるような徹底的なドブ板選挙を自ら先頭に立って実施。28才で初当選を勝ち取る。そして、民主党幣原派に入り昭電疑獄の追求や炭鉱国営化法案反対の急先鋒として一年生議員ながら最初から頭角を表す。幣原派の脱党に伴い自由党(正確には民主自由党)に移籍してからは総務会で吉田総理の解任を阻止し、法務政務次官(現在の法務副大臣)に抜擢されるが炭鉱国営化法案の反対に絡んだ政治資金が問題とされ2ヶ月で次官を辞職の上、東京地検特捜部(当時は東京高検特捜本部)に逮捕されてしまう。其の上インフレの中、家業の土建業も衰退、角栄は政治家としての岐路に立たされる。
 だが、角栄は獄中から立候補。保釈後、大逆風の中、得意の「地上戦」で選挙を制し、選挙民の陳情を契機に長岡鉄道(現在の越後交通)の経営を再建して家業を建て直し、裁判で無罪を勝ち取ることに成功する。議会に戻った角栄は道路三法(ガソリン税で高速道路を作る特別会計法)や電源開発で辣腕を発揮、自由党吉田派に移籍して十三人衆の末席として重きをなし、吉田派分裂に際しては佐藤派の大幹部として39才で郵政大臣となりついに初入閣をはたす。角栄はテレビで浪花節を唸る庶民派大臣として人気を博する一方、郵政省内の派閥を掌握、組合を制圧、テレビ放送免許の一括交付や電電公社(現在のNTT)の予算処理を断行して部下の信望を集めるが一年で総選挙となり辞職。程なく政調会長に就任。この頃から、日本電建や室町産業といった会社を使い様々な形で闇資金の調達をはじめる、と同時に、山田泰治秘書を抜擢し有名な選挙支援団体「越山会」を組織化していく。
そして、44才で副総理格の大蔵大臣(現財務大臣)に就任。徹底的な調査(年齢、入省年次、学歴、誕生日、家族構成、主な業績等)を元に手練手管を発揮して大蔵官僚を手懐け、山一證券への日銀特融や三八豪雪の激甚災害指定などに腕をふるい、同時に小佐野賢治との権力を使った提携を深めていく。蔵相を勤めた角栄はついに政権党の中枢を担う幹事長に就任。陳情と選挙、そして政治資金の分配を通じて全国的な人脈をつなぎポスト佐藤の有力候補として名乗りをあげる。佐藤政権最期の内閣では通産相(現在の経済産業相)に就任。難航していた日米繊維交渉を一気に妥結させ、国際的な交渉をもこなせる事を実証する。しかし、親分である佐藤栄作総理は後継者に福田赳夫外相を指名。角栄は極秘裏に柳橋の料亭に仲間を集め、佐藤退陣の間隙ををぬって瞬間クーデターを敢行して佐藤派を分裂させ、後に「史上最強の派閥」と呼ばれるようになる木曜クラブ(田中派)を創設する。そして、得意の「実弾(現金)攻勢」をかけて、中曽根派を抱き込み三木派と大平派を切り崩して総裁選挙に勝ち抜き、遂に内閣総理大臣へと上り詰める。

 総理となった角栄は「列島改造論」を掲げ、超積極財政を展開。中国共産党軍事独裁政権の承認と外交関係の創設を行う(別名、日中国交回復とも言うがそれは1952年に中華民国との間に既に締結ずみなので大嘘)。が、当然其れに対する批判が起こり(中川一郎元農相の晴嵐会はその急先鋒)、それに追い討ちを掛けるように積極財政が裏目に出て物価が年に35パーセントも上昇、「狂乱物価」をまねく。角栄はライバル福田赳夫を蔵相に起用して緊縮財政へと転換をはかる。そこにオイルショック発生。ヘリに飛び乗り、タレント候補を投入して奮戦するが参議院選挙に敗北。そこに角栄の金脈を追求した立花隆の「田中角栄研究 その金脈と人脈」が発表され、愛人についてのレポートも暴露される。刑事訴追は免れたが(当時東京地検特捜部が「田中角栄研究」の事例を全て調べたが証拠が出ず訴追を断念した)、世論の集中砲火を浴び、一旦総選挙で中央突破を図ろうとするが断念して退陣する。
 退任した角栄は政権末期には顔面麻痺に陥るほどのストレスから開放され。激やせしていた体重も戻り、体力を回復する。しかし、一年後にアメリカ議会の公聴会でロッキード社の贈賄工作が暴露され、ロッキード事件が勃発。角栄の後任の三木総理は渋る地検やアメリカを強引に説き伏せ、憲法違反の嘱託尋問を実施して角栄を逮捕する。逮捕された角栄と田中派は猛反発。角栄は田中派を使い予算成立をサボタージュして三木総理を引き摺り下ろし。盟友大平を代理に立てて総裁予備選で福田総理を撃破して、政界のキャスティングボードを握りキングメーカー「目白の闇将軍」として復権する。
しかし、まもなく盟友と頼んだ大平総理が福田派の反乱を契機に行われた総選挙の最中に過労がたたって急死。急遽代役に大平派の幹部鈴木善幸を抜擢して急場をしのぐが失政が続き、追い討ちを掛けるように東京地裁で懲役4年追徴金5億円の有罪判決を受ける。この頃から角栄の周りには急速に破滅の匂いが立ち込め始める。糖尿と高血圧、そしてバセドウの既往がある角栄が昼間から酒をあおるようになり、田中派の大幹部竹下と後藤田が連絡をとって反乱を準備しだす。角栄は中曽根政権を発足させ同時に忠実な部下の二階堂を副総裁として送り込むが、そこで竹下蔵相が遂に反乱に踏み切り田中派は分裂。小沢一郎始め100人以上の議員が田中派を脱退し、経世会(竹下派)に合流。角栄は現実を受け入れられず一月間酒をあおりにあおって、遂に脳溢血の発作を起こし憤死する。(正確には角栄は病気に言語中枢をやられ政治家としては廃人同然のままその後8年間生きる)

 いや、ま、凄まじい人生だね。前半は小学校しか出ていない土建屋の小僧さんが学歴万能の戦後社会であらゆる艱難辛苦を乗り越えて文字どうり天下を取っていく空前絶後の成功物語。後半は残酷なまでに反転して、あらゆる厄災の元凶として司法に世論に国際社会に糾弾され、それに反発してあらゆる手段を使って反撃し生き延びようとあがく、壮絶な闘争と破滅の物語。。。
 そこの所をこの本は文献学的手法を使って実に良く角栄の実像を描いていた。田中角栄と言えば軍隊、土建屋、政界と生き馬の目を抜くような激しい世界でのし上がり、官僚(特に検察)、マスコミ、敵対派閥と壮絶な闘争を繰り返してきた人なのですごく豪快なイメージがあるんだけど実は優等生気質のとてもシャイな人だったらしい。女兄弟の中の男一人、子供の頃はどもりで成績が良くいつも級長(学級委員長)をやらされていたそうだ。その反面、境遇に対する反発心が強く負けずぎらいで目の前の局面を打破することに物凄い馬力を発揮するが、独学者の欠点そのままに視野が狭く局面が反転するとたちまち方向性を失いあさっての方向へぶっ飛んでいってしまう。
 つくづく、いい参謀(知恵袋)が付いてやれば良かったのになーーって思わざろう得ないね。そうすればあんな最後を迎えずに済んだだろうに。豊臣秀吉と竹中半兵衛、伊藤公爵と井上毅、天下人は自ら進んで自分より知的に「上」の人間に教えを請わんと。勿論此れはとても難しい選択だけど、其れが出来るか出来ないかが政治家の才能そのものなんだから。政策見れば中国共産党軍事独裁政権の承認はじめとても、支持は出来ないけど、個人的にはこうゆうタイプの人おいら嫌いじゃないんでとても残念。ちなみに、成り上がりの大先輩である豊臣秀吉や伊藤公爵同様、角栄も女癖が悪いのが有名でこの本にはどこで調べたのか角栄の愛人のスリーサイズが載ってた。上から97.58.95だって、角栄がよれちゃったとしてもおいらにはとても非難できましぇん。。とほほ。


PS、人間良いところを真似るのは難しいけど、悪いところを真似るのはかーーーんたん。子分の小沢一郎前民主党幹事長を見てるとつくづく思う。現在の民主党も元々は角栄が憤死する直前に計画していた公明党と民社党を抱き込んだ新党構想に由来する。親分の悪いところばっかりまねしてないで一つぐらい自分の頭で考えたオリジナルの仕事をやってみればいいのに。とほほ。



  おまけにみくしー検索かけてみました。


「異形の将軍 田中角栄の生涯」

日記 検索0件ひっと。
レビュー一覧 *** 4件 が該当しました。

異形の将軍―田中角栄の生涯〈上〉
(和書) 2010年02月28日 01:39
平均 3.83点(24人)

異形の将軍―田中角栄の生涯〈下〉
(和書) 2010年02月28日 01:40
平均 3.88点(9人)

異形の将軍 上―田中角栄の生涯
(和書) 2009年09月25日 19:34
平均 3.71点(7人)

異形の将軍 下―田中角栄の生涯
(和書) 2009年08月19日 20:44
平均 4.50点(2人)
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