mixiユーザー(id:809122)

2010年08月12日15:22

5 view

「拘置所からの読書感想文」8

朝、目覚めたら女が冷たくなっていた。
ふざけた物言いと思うだろうが、俺はとても悲しかった。
とてつもない喪失感を覚えた。

そして、もうこれで終わりだと思った。終わりでいいと思った。俺はもうゴールしたんだと。


その厳粛な静寂を破って、仲間の一人が無様な悲鳴をあげやがった。
奴はガタガタと震えながら、死ぬとは思わなかったとほざきやがる。
素っ裸で、体中いたる所がどす黒く変色し、髪は焼かれ、足は折れ、爪は剥がされ、欠損した指から血が流れる。そんな物体を前に「死ぬとは思わなかった」もないもんだ。
俺にはそういう欺瞞が何より許せなかった。
神聖なイニシエーションが汚されてしまったような気分に、底知れぬ怒りが湧き上がった。

自首するとわめきながらドアから逃げようとする男を、背後から鉄パイプでメッタ打ちにして息の根を止めた。

それから2週間も経たないうちに俺は捕縛された。
もう一人も殺っていれば、もう少しは逃げられたんだがな。


人の命を何だと思っている、身勝手に人を殺しておいて何の贖罪の念も無いのかと、先生は義憤を感じているかもな。

俺はこの二人の前にも二人、人を殺している。
オヤジと子供だ。
俺は四人に同じように罪障感を持っているし、同じ程度に仕方なかったとも思っている。他の道はなかったのかと後悔することもあるが、それが何にもならないものだということも承知している。
身勝手は人の宿命なのさ。


ま、『俺の物語』はそんなところだ。
安っぽいゴシップ雑誌の埋草記事程度の話だな。

だがな、先生。あんたも物書きなら、俺と五十歩百歩なんだぜ。
なぜなら、表現というものは、それだけで既に呪われたものだからだ。

アイビスの言うように、理解できないものを退けず、ただ許容することなんて、物書きには絶対に出来ないだろう。理解出来ないものを、言葉という容器に入れて、自分の物にしなければいられないのが物書きだ。
物書きは言わずにいられない人種だ。言葉にして相手に伝えずにはいられない生き物、力を示威せずにはいられない存在なのさ。
それを先生は受け入れるべきだ。そういう負の部分を自覚すれば、先生の作品のもつ「甘さ」が消え、もう一つ上のステージに行けるんじゃないかと俺は思うぜ。



さて、ずいぶん長い感想文になっちまったな。
先生はもう既にここまでは読んじゃいないかな。

それでもいい。
返事も無用だ。

反論好きの先生としたら、言いたいことは山ほどあるだろうが、俺に腹を立てているなら、その仕返しは無視することが最上の一手だ。
この手紙をゴミ箱に破り捨て、忘れ去っちまうこと。
そうすれば、俺の言葉はどこにも残らず、俺の存在自体もじきに消え去る。
言葉の呪縛は成就せず霧消する。

それこそが俺の本望だ。


敬具





1 3

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する