先週末は母が上京してきまして、ミッドタウンを見たいというので同行しました。
こういう機会でもないと行かないとは思うので、重い腰を上げたわけですけど、行かないには行かないなりの理由があるというか、間が持ちませんでした。
かつて世界最大といわれたモスクワのデパートなんかは、こんな感じだったんですかねえ。いや、それはさすがに違いすぎるか。
ミッドタウンは防衛庁跡地にあるわけですけど、かつて俳優座劇場の『山猫理髪店』(脚本が別役実で主演はこれが最後の舞台となった三木のり平)を見に来たとき、早く来すぎてまわりをうろついたら、当時はまだ残っていた防衛庁の横で高田文夫とすれちがいました。
劇場のロビーに高田文夫から贈られた花があったので、おそらく同じ回を見たのだと思います。
なんてまるで関係ないことを思い出すぐらい間が持たなかったので、国立新美術館へ。日展をやってました。新ナントカという名前の施設を見るたびに、デーモン小暮が新国立劇場について書いていた「新国立劇場なんて名前をつけて、次の国立劇場を建てる時にどうするのか。新々国立劇場とでもするのか」という文章を思い出して切なくなります。ここは建物だけを見ました。どうなんでしょう、黒川紀章。みんなすごいと言っているので、すごいのでしょうけど。「これが駄目だってんなら、おまいがデザインしろ」って言われてもできないし。
相変わらず間が持たないので、ついにヒルズにまで行ってしまいました。
ここの庭園が毛利の上屋敷だったというのは知っていましたが、毛利は毛利でも支藩の長府毛利氏だったんですね。始祖は毛利秀元。そういえば、エポックの『関が原』に登場してましたな。輝元はなかったのに。
どうも話が横道にそれているのをみてわかる通り、ここでも間が持たなかったのですけど、回遊式庭園としては物足りない広さながら、三万六千石でこれなら、やはり大名の上屋敷というのは贅沢なものだったんだなと思いました。まる。
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