なにかひとつのことに集中して、ということが難しく感じます。
本を読むなら、読み上げ読書で走ったり運転しながらとか、動画をみるなら家事をしたり、模型などで単純作業をしながら、とかね。
本来、人間はデュアル・タスク、つまり同時に複数のことはできないようになっているそうです。
同時にやっているようにみえて、実はめまぐるしく注意を切り替えてるのだとか。
だから、同時に複数のことをやるのは、脳を疲弊させるからやめた方がいい、なんてことをどこぞで読んだような気がします。
どの本だったかは覚えてませんけど。
気ぜわしく、やりたいこと、やらなくてはいけないことが多いから、ひとつに集中するということができにくくなっている面もあるんでしょうね。
ということで、映画を観ながら模型趣味。
パーツをつらつらとヤスッて成形しつつ、見かけていた『憐みの3章』
3章というだけあって、3つの物語から成り立っています。
原題は『Kinds of Kindness』だから、3章はタイトルに入ってないんですけどね。
それぞれの話で、出てくる人たちは違う人で、ちがう世界が描かれています。
人物同士の関係も異なり、夫婦であったり、同僚であったり、たまたま通りがかったりした人だったり。
エマ・ストーン、エピソードによって雰囲気がかわります。
もともとオーソドックスな美人というより個性的な印象ではありましたが、ここまで眉毛濃くて、そばかすだらけだっけ?と、ちょっとびっくり。
咀嚼するのが、なんとも難しい映画で、つらつら考えちゃいますね。
なんでそんな評価高いの?ということも含めてね。
でも、結局は最後まで見たから、なにかひきつけるものはあったのだろうな。
鬼滅の刃とか、最近のヒット作について、セリフでぜんぶ説明してしまわないと、観る人が理解してくれないんだ、という話を聞いたことがあります。
映像や絵から、観てわかるだろ?ってことまで、セリフで「雪だ。助かった」と説明しないといけない、とかね。
ある程度、映画やマンガになれた人なら、それもうるさく感じるとは思います。
いや、何の話かというと、『憐みの3章』は、その対極にあるなぁ、って。
え?どういうこと?って。
アメリカとかヨーロッパ系の映画って、考えさせて、考えさせること自体に価値を見出しているという場合もあるというので、考えすぎない程度に考えて、またレビューにしたいと思います。
で、模型。
1/20 wave SUPER JERRY.
だいぶ形にはなりました。今、下塗り中。
冬季迷彩で、白っぽく吹くつもりですが、そろそろ完成させたいところ。
お盆休み中に、形にできないかな。
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