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2026年07月17日07:12

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クルマ0541 くろがね四起(日本内燃機・九五式小型乗用車)

本稿0500にて、豊川順彌が1912(明治45/大正元)年に白楊社という自動車会社を創業し、入念な準備を経て1924年6月〜1927年10月に527台のオートモ号を生産したことを記しました。
この純国産乗用車開発の原動力になったのは、1918(大正8)年から8年間白楊社で主任技術者の要職に就いていた蒔田鉄司です。彼は1926(大正14)年に白楊社を辞して自らの自動車会社秀工舎を創業し、翌1927(昭和2)年6月にオート3輪の製造をはじめました。
大倉財閥が1909(明治42)年11月に設立した日本自動車合資会社が1928(昭和3)年に株式会社化された際、蒔田は秀工舎を大倉財閥に譲渡して日本自動車の中核とする一方、自身は日本自動車大森工場長に就任しました。

1932(昭和7)年に日本自動車�蠅脇�本内燃機�蠅鵬�組された後も蒔田は辣腕を振るい続け、今回採り上げる小型4輪駆動車を設計デザインしました。

端緒は、1934(昭和9)年に大日本帝国陸軍が偵察・連絡・人員輸送用として不整地走行性能に優れた小型の4輪駆動車の開発を計画、自動車会社各社に試作車を作らせたことです。
結果的に、幾多の競合試作車の中で日本内燃機の車輌が最も優れているとの評価を得て、九五式小型乗用車として量産されることになりました。

https://share.google/RtvKVpM8h3dEDLe6H

https://share.google/qxW6fKlV7kTQBgcrE

しかし、この名称はいかにも堅く、開発した蒔田鉄司の名前の「鉄」の訓読み「くろがね」に4輪駆動を意味する「四起」を繋げて「くろがね四起」が通称になっています。

ホイールベース2000・全長3550・全幅1250・全高1500mm、車重1060kgの車体は梯子+プラットフォーム型のシャシーを持ち、取り付けられたサスペンションはフロントがコイルスプリング+ウィッシュボーン式の独立懸架、リヤがリーフスプリングでアクスル・バンジョーを支えるリジッドでした。

通常の4〜5人乗りオープンに加え、1944(昭和19)年はトラック型が九五式小型貨物自動車として生産されています。

https://share.google/rBARCI0PzsZxSA1M1

エンジンは寒冷地での使用も考慮され、冷却水を使わない空冷V型2気筒OHVが採用されました。

https://share.google/YxIsGMxZ3aRMi0o0T

排気量は、プロトタイプは1200ccでしたが、生産型は1936〜38年が1300cc、1939〜44年が1400cc(33馬力)に拡大されています。

1936〜1944年に生産された九五式小型乗用車は4775台と言われています(4755台説有)。現存は日本とロシアで5台とされていますが、未確認情報もあるようです。

特筆すべきは2013年に京都で発見された個体です。

https://share.google/4hSQtEzZhCJYIKbXG

ほぼ無改造だったこの車輌は「防衛技術博物館を創る会」がクラウドファンディングで1300万円以上集めてレストアしました(2016年完了)。

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