mixiユーザー(id:67073406)

2026年06月25日10:26

47 view

さかなクンの母親

蘇る芸能人感動エピソード

さかなクンの母親は、息子の人生でたった一つのことだけ許さなかった。
成績ではない。テストの答案用紙に魚の絵を描いていても、先生に呼び出されても、母はまったく気にしなかった。
息子が好きなことに夢中になり、勉強がそっちのけになっても、「あの子は魚と絵が好きだからそれでいいんです。みんな一緒ならロボットになっちゃいます」と担任に答え、一度も方針を変えなかった。

4歳の頃、息子が「ゴミ収集車が見たい」とせがめば、車でゴミ収集車の後ろをひたすら追いかけた。
小学2年のとき、タコに夢中になれば、1ヶ月近く味付けを変えながら毎日タコ料理を食卓に並べた。
水族館に連れて行けばタコの水槽の前で1時間以上動かない息子を、「タコって面白いんだね」と隣で一緒に眺め続けた。
何かを強要することも、ブレーキをかけることもない。
ただ横に立って、同じ方向を見ていた。

けれど、兄弟げんかで相手を傷つける言葉を口にした時だけは違った。
母はそれまでに見せたことのない厳しさで息子を叱った。
人の痛みが分からない人間にだけはなってはいけない、と。
成績がどうなろうと、将来が不安定に見えようと、母は動じなかった。
でも人を言葉で傷つけることだけは、一線として守らせた。
好きなことを自由にさせる教育と、人としての土台を絶対に崩さない教育。
この二つが同時に存在していたからこそ、さかなクンはさかなクンになれたのだろう。

やがてこの少年は魚の知識と絵の力だけで道を切り拓き、東京海洋大学の客員教授となり、名誉博士号を授与され、内閣総理大臣賞まで受けることになる。
小学校の卒業文集に「水産大学の先生になりたい」と書いた夢を、本当に叶えた。
大人になった息子に、母はこう言ったという。
「自由に泳がせたら本当にお魚になったね」
好きなことを好きなだけやらせた。
でも人を傷つけることだけは、たった一度でも見逃さなかった。
この母の判断基準はとてもシンプルだけれど、実際に貫き通すのはたぶん、とても難しい。
1 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する