外山滋比古 著『乱読のセレンディピティ』を読んだ。
外山滋比古って、『思考の整理学』が平積みになっているのを横目で見た記憶があるくらい。読んだことは、なかったと思う。
根を詰めて本を読むのはよくない、乱読がいいんだ、みたいな話は、ちょっと前ならむしろ新鮮な視点だったのかもしれない。
ショウペンハウエルの『読書について』を、池上彰氏の本で紹介されているのを読んだことがあって、実際にショウペンハウエルの方も読んでいた。
ショウペンハウエルは、読書というのは他人に自分の頭の中で運動してもらっているようなもので、怠惰な行為だとゆってたんじゃないかな。
だから、まぁそういう系統の視点なのだろうとは思う。
ただ、読んでいて引き込まれたのは、外山氏が必死で英語の本を読みこんだという話でさ。
理屈ではうまくいえないんだけど、その打ち込んでいる様子が妙に気持ちをたかぶらせてくれたというかなぁ。
俺も、それくらい英語の本を読んでみたい、と思ったのだ。
浪人時代から大学にかけて、5,000ページ読めば日本語と同じように英語が読めると聞き、5,000ページ以上、ペーパーバックにして10冊以上の読んだんだよね。
スティーブン・キングとかシドニィ・シェルダンあたりだけど。
それで日本語と同じように読めるようになったか、といえば、そうは言えない。やっぱり英語を読むのはめんどくさいと思う。
辞書を使わなくても、読めるようにはなっているけど。
わからない単語は、読み飛ばすから。
外山氏の本を読んで、久しぶりにKingの小説とか、昔読んだファンタジーのシリーズをを英語で読むかなぁなんて思えたんだよね。
魔法の国ザンスとか、翻訳は20巻くらいで止まっちゃってるけど、英語では50冊以上でてるんじゃなかったっけ。
そういうの、読めたら楽しいだろうなと思えたのだ。
今は、電子書籍ですぐに買えるし。
まぁ実際に買ったとしても、なかなかそこまでの時間はとれないかもしれないし、今はちょっと忙しいから無理かと思い返したけど。
でもなんか、外山氏の本は、そんなふうに知的な意欲を掻き立ててくれる本だったな。
英語の小説も、また何か読んでみよう。
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