一冊の本を読み終えて、ふぅとなったあとで、次に読む本の選択になかなか困ることがある。
本棚の本を眺めても、kindleのリストをスクロールしても、なんか、これじゃないなぁと感じるというかね。
一応、同じ作者が続かないように、とか、できるだけ違う系統の本を、と考えてはいるんだけど、なんとなく手に取る気にならない。
まぁこのへんで、と適当に手に取り、読み始めても途中でやめてしまう。
あんまり重いものじゃなく、軽いものを、という気分のときは、特に、もはやしばらく読書自体を休んでもいいんじゃない、とすら思う。
俺の場合は、ジョギング中の読み上げ読書が多いから、そういうときも何か読んでいたい気はするんだけどね。
土曜日に平野敬一郎の『マチネの終わりに』を読み終えた。
決して結ばれない運命の二人、というメロドラマの王道を行くらしいことはあらすじとかで知ってはいたんだけどね。
すれちがいのきっかけが、
【以下ネタバレも含むのでご注意ください】
久しぶりの彼女との再会を前に、男がスマホを落とし、それを探しに行ったひそかに男に恋をする秘書がうそのメールを彼女に送るという、演出された悲劇感がふんぷんとくる展開。
いや、大事な時に師匠が病気で倒れるとか、スマホを落として彼女に待ち合わせに行けない連絡ができなくなるとか、王道すぎて「キャー!」と悲鳴をあげたくなってしまった。
あげく、彼女は一度は手ひどくフッた婚約者とよりを戻し、結婚して子どもを産んだと思ったら、その夫に浮気されて離婚する。
男の方は、秘書との関係が親密になり、結婚。
もうね、読んでいてつらかった。
メロドラマなら、こういう展開になるよなぁ、というスジガキを見事になぞってくれて、無理やり走りたくないマラソンコースをひきずりまわされた気分。
やめようかとも思ったけど、しんどいところで本を置くってかえっていつまでも気になっちゃうんだよね。もはや、最後までいっきに行くしかなかった。
救いだったのは、真相がわかってからの展開。
この小説の重みは、むしろそのあとにあったとも思う。
わかったうえで、生まれた子ども、現在の妻との関係、仕事のこと、などいろいろな周辺の事情をあわせて、一種、人生の複雑さを感じさせてくれた。
演出された悲劇よりも、そうしたどうにもならない、どこに元凶があるかもわからないような事態の中で、どう考え、行動するかにこそ物語の面白さはあると思うんだよね。
そういう点では、この作品は演出された悲劇のあとの展開にこそ、面白さがあったのだと思う。
途中の「きゃー」も含めて、なかなか気持ちを振り回してくれる本だった。
二回目に読むことがあれば、もう少し落ち着いて楽しめるかもしれない。当面、その予定はないけど。
ということのあとなので、なかなか次に読む本が決まらないんだよね。
さて、どうしようか。
ログインしてコメントを確認・投稿する