mixiユーザー(id:67073406)

2025年12月08日20:58

23 view

Facebook投稿から

留田幸大

【「米が高すぎる、大規模化して安くしろ」という議論の危うさについて】

昨今のお米の価格高騰を受けて、「日本の農業ももっと大規模化して効率を上げ、安く供給すべきだ」という声が大きくなっています。
YOUTUBEで賛否両論の500件以上のコメントが入った。
山陰の中山間地で稲作をしてい僕の立場からすると、その議論には「決定的な視点」が欠けていると言わざるをえません。
それは、「営利を目的とした巨大組織が地域のインフラを握ったとき、撤退されたら全てが終わる」という未来予測です。
地方のあちこちで起きている「巨大スーパー(イオンなど)の進出と撤退」の事例を思い出してください。
あれは単なる小売業の話ではなく、これから農業で起きようとしていることの「予言」でもあります。

「儲からなければ去る」資本の論理
巨大スーパーが田舎に進出した時、何が起きたか。
圧倒的な品揃えと安さで、地元の小さな商店は太刀打ちできず、地域の商業インフラはその一店舗に集約されました。
便利にはなりましたが、地域の「血管」とも言える細かな流通網は死滅しました。
そして数年後。「採算が合わない」と判断されるや否や、巨大スーパーは撤退しました。
残されたのは、買い物難民となった高齢者と、更地になった跡地だけ。
一度壊れた地元の商店網は、もう二度と戻りません。

これを農業に置き換えてみてください。
「効率化のために農地を数千枚集めて、一企業が大規模経営します」となったとします。
最初は良いでしょう。
機械化され、コストは下がるかもしれません。
しかし、輸入肥料の高騰や、天候不順、あるいは米価の暴落が起きた時、株主への責任を持つ企業はどう動くか。
「この地域の米作りは不採算なので撤退します」
「続けらないので辞めます」
そう言われた瞬間、その地域の田んぼの管理者が消滅します。
一度離農した地元の農家はもう戻っておらず、機械もなく、荒れ果てた農地と壊れた水路だけが残る。
これが、僕が恐れる「大規模営利化の未来」です。

「日役(ひやく)」という最強の維持システム
なぜ、一企業による大規模化では、中山間地のインフラが守れないのか。
それは、僕たちが「日役(ひやく)」と呼んでいる共同作業の実態を見れば分かります。
僕たちの地域には、水を引くための長い長い水路があります。
これがないと、田んぼに水は入りません。
この水路を守るため、私たちは定期的に「日役」に出ます。
早朝から草を刈り、泥を上げ、崩れた石積みを直す。
正直に言えば、みんな文句タラタラです。
「腰が痛い」「なんで休みの日にこんなことせにゃならん」「暑くてたまらん」
愚痴を言い合い、休憩時間にはお茶のペットボトル片手に世間話をし、また作業に戻る。
しかし、この「文句を言いつつも、同じ目的のために汗を流す時間」こそが、実は地域のインフラを最強の強度で支えているのです。

1. 誰かの田んぼで水漏れがあれば、「あそこの爺ちゃんが困ってるから」と誰かがすぐ動く。
2. 全員が管理者なので、小さな異変がすぐに共有される。
3. 「日役」を通じて、お互いの生存確認や信頼関係(あるいは貸し借り)が作られる。

これを、時給で雇われた従業員だけで、あるいは利益第一の企業論理だけで維持できるでしょうか?
「割に合わないから水路掃除は中止」
「あそこの田んぼへの配水はコスト高なのでカット」
そんな判断が下された瞬間、村の農業インフラは崩壊します。

効率よりも「強靭さ」を
私たちが守っているのは、単なる「米の生産工場」ではありません。
数百年かけて作られた、水と土と人のネットワークです。
「大規模化して安くしろ」という声は、私たちに「イオンになれ」と言っているのと同じです。
しかし、撤退のリスクを抱えた巨大組織に、命の源である「水」と「大地」の管理を丸投げして本当に良いのでしょうか。
文句を言いながらも、泥だらけになって「日役」に出る、顔の見える仲間たち。
一見、非効率で時代遅れに見えるこのスタイルこそが、どんな不況が来ても、どんな災害が来ても、粘り強く食料を作り続けるための「最も強靭なシステム」なのだと、僕は現場から訴えたいのです。
米価の問題は重要ですが、その解決策として「地域の自律性」まで売り渡してはいけない。
スーパーの跡地を眺めるような虚無感を、僕たちの田んぼで繰り返してはなりません。
1 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する