第二次世界大戦(太平洋戦争)で敗れた日本は、終戦以降自動車生産が禁じられていました。しかしクルマは復興に欠かせないとして、戦後の日本を統治する連合軍総指令部(GHQ=General Headquarters, the Supreme Commander for the Allied Powers)は、1947年6月に部分的にクルマ生産を解禁しました(排気量1500cc未満の乗用車を年間300台まで)。
日産は、それに対応してその年8月にDA型、翌1948年3月にDB型を発表しました。もっともDAは戦前モデルの再生産に過ぎず、DBはアメリカ車クロスレイのコピーでしたが。発表はしたもののすぐには生産できず、販売開始はそれぞれ1947年11月、1948年8月です。
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