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2023年02月11日18:55

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建国記念の日・・・

 今日は建国記念の日で、建国記念日ではありません。
 1966年(昭和41年)に建国記念の日が制定された際、
 戦前の紀元節と違う意味をこめて「の」を入れたようです。
 国民の祝日に関する法律では、建国記念の日の趣旨について、
 「建国をしのび、国を愛する心を養う。」と定めています。

 とは言え、この日が戦前の紀元節と同じ事は大方が認めるところだと思います。
 ご承知の通り、紀元節は神武天皇が即位した日とされています。
 日本書紀には、
 「辛酉年春正月庚辰朔 天皇、橿原宮に於いて帝位に即位した」と書かれています。
 この辛酉年春正月庚辰朔がいつかと言うのが問題になりますが、
 紀元前660年2月11日と、明治政府が定めたもので、
 この年を基準として皇紀も定めています。
 皇紀と言うと、古来から使われて来た印象がありますが、
 僅か150年前に決めた暦です。
 紀元前660年は、日本では縄文時代晩期か弥生時代前期に当たります。
 この頃に、天皇制が成立したと考えるのは、余りにも無理な話だと思います。
 中国では春秋戦国時代ですし、中東ではアッシュールバニパルが活躍した時代、
 エジプトでは第26王朝の頃になります。

 では、何故紀元前660年にしたのかが気になりますが、
 辛酉の年には大改革が起こるとする、中国の辛酉革命説が日本に入って来ていて、
 日本書紀を作成する頃の最新の学説だったのだと思います。
 辛酉の年は60年ごとに来ますが、
 それを紀元前660年としたのは、色々な学説があります。
 しかし、そのために、日本書紀の作者は
 歴代天皇の在位年数を異様な長さにせざるを得なくなりました。
 神武天皇は在位76年、127歳で亡くなったとしたのをはじめ、
 第6代天皇とされる孝安天皇は、在位102年、137歳の長寿だったとされています。
 孝安天皇も含めて2代の綏靖天皇から9代の開化天皇までは、
 欠史八代と呼ばれ、その実在は疑問とされています。

 最初の天皇は神武天皇だったかと言うのも明らかになっていません。
 初めての天皇が誰か、これも色々な説があります。
 第10代の崇神天皇、第15代の応神天皇、第26代の継体天皇などです。
 埼玉県の稲荷山古墳より出土した鉄剣の銘文にある「獲加多支鹵」が、
 第21代雄略天皇とされていて、
 考古学で存在が確認された最古の天皇とされています。

 僕は、日本書紀や古事記の記載で第25代の武烈天皇が
 妊婦の腹を割いて胎児を見るなど、悪逆非道の天皇として記されていて、
 その後継ぎがいなかったので、傍系の継体天皇が即位するとの流れからすると、
 王朝が交代して、今の皇室に繋がっているように思っています。

 日本には古来、文字ありませんでした。
 中国の漢字が朝鮮半島を経て日本に入って来たのが5世紀頃だと思います。
 そのため、それまでの歴史は全て口承によっていました。
 これにより、間違いなども多く伝わっていたのではないかと思います。
 また、逆に勝手な話を都合よく作る事も出来たのでしょう。
 日本の古代史は、これまで多くの学者などが様々な研究を重ねて来ましたが、
 依然として、分からない事ばかりのような気がしています。
 今日は、建国記念の日なので、チョッと古代史を勉強してしまいました。


【今日の一句】
 ご所望よ 君のお酌で もう一杯


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