昨日の「後編」に続いて「前編」です(^^;)))
30年程前、法学部なるところを卒業しました。
と言っても、法律を理解したと言うには程遠い成績でしたから、あれはまぐれだったのか、或いはお情けだったのか。
それはともかく、規模以外はあまり凄くない学校ですが、ここの学祖は凄い方です。
山田顕義
明治時代の陸軍中将で、正二位勲一等伯爵の位を持っています。
長州藩士の家に生まれ、松下村塾にて吉田松陰に師事、志士活動に身を投じました。
大村益次郎や山県有朋の影に隠れ、知名度はあまり高くありませんが、戊辰戦争で軍を率いて戦い、特に長岡や函館で活躍しました。
明治政府では岩倉使節団の一員として欧米を視察、そして西南戦争でも、政府軍を率いて包囲された熊本城を救出するなどの活躍を見せています。
この後、法典制定の為、司法界に転じます。
岩倉使節団でフランスを訪問した際、ナポレオンの功績に感化される事が大きかったよう。
さて
この、人呼んで山田法典伯を主人公とした小説「剣と法典」。
久し振りに読んでみました。
昔、書店で見かけて買ってすぐ読んで以来です。
平積みで売っていましたから、1997年の刊行間もない頃だったのでしょう。
なんと!20年以上昔だったとは!
もちろん小説ですから、全て史実という訳ではないとして…
優れた軍人であり、そして不平等条約改正の為、法典設立に身を捧げた政治家でもある法典伯。
師である吉田松陰の意思を継ぎ、法律を学ぶ為の日本法律学校(日本大学の前身)を設立しました。
現実の法典伯が、松陰の後継者という意図を持って学校設立に尽力したのかは分かりません。
しかし、そういうシーンが有るのです。
だとすると、松陰が命をかけて願った教育の場に私も在籍していた訳で、なのに勉強しない学生だった私はいったい何をやっていたんだろう…
そんな事を思ってしまいました。
勉強云々はともかく、法典伯の足跡を辿ってみようかな…
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