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2018年09月25日00:13

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わたしの1冊/小林勝作品集2「断層地帯」(白川書院、1975年)

以下に、「リプレーザ」第1期第8号の、「わたしの1冊」という特集に書いた原稿を、転載しておくことにする。

私がまだ高校生だった頃、三省堂から『学生通信』という新聞が出ていて、その文芸欄を担当されていたのが、小林勝さんだった。太宰にかぶれて書いた、私のつたない小説を、紙面で取りあげていただき、丁寧なアドバイスも、していただいた。自分の書いたものが初めて活字になったので、スッカリ有頂天になって、「将来の夢は作家」などと、卒業文集(か何か)に書いたのだから、まったくもって、いい気なものである。
しかし、その時、私は実は、小林勝という人がどのような小説を書いている人なのか、まったく、知らなかったのである。小林勝の作品を読むようになったのは、ずいぶんと後のこと、私が大学に入り、党派活動家になってからのことである。
小林勝は、日本の植民地支配下の朝鮮で生まれ、敗戦後の1948年に、日本共産党に入党した。1950年代には、徳田球一率いる「所感派」の一員として、「火炎瓶闘争」に加わり、逮捕された。その時の体験をもとに書かれたのが、彼の代表作のひとつ「断層地帯」である。
この長編小説には、小林の分身ともいえる北原という人物が登場し、軍事方針の実行を指示しながら、今度はその方針を転換して、末端の党員を切り捨てようとしている「党」のあり方を批判しつつも、「おれたちが党だ」と叫ぶシーンで、終わる。
「党」に対し、「党」を対置する、愚かしさ。しかし、党派に属する活動家であった当時の私は、その北原の痛切な叫びに、間違いなく、共感した。
大学を出て、友人のつてで、フリーのライターになった私は、共産党を去った小林が、活動の拠点とした新日本文学会の運営する日本文学学校に、改めて、入学した。その時、小林はすでにこの世の人ではなかったが、彼といわば「同期」の詩人、菅原克己さんは存命で、彼の下で詩を書いていたA子と、私はつきあい始め、結婚した。結婚式の司会を菅原さんに頼みに、二人で彼のお宅に伺い、小林の死の様子なども、聞くことが出来た。その菅原さんも、すでにこの世の人ではない。
文学学校時代、A子の紹介で、小林の「愛人」だったという人と会って、彼女の書いた下劣な暴露本を読んだ。その内容の真偽のほどは不明だが、不謹慎だが、私は逆に、少し、ホッとした。小林さんも、苦悩するばかりではなく、少しはいい「夢」を観たのだなぁ・・と。

「小林勝作品集」は、全3巻だとばかり、私は思い込んでいたのだが、大阪の古書店にあった作品集は、「5巻揃い」と、なっていた。すでに発送したとのメールが先程あったので、明日か明後日には、届くだろう。

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